神奈川県藤沢市(旧藤沢遊廓)⑤ | お散歩日記

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路地裏、バラック、長屋、昭和の香りがする飲食街、遊郭赤線跡地、廃墟、古い町並み、山奥・・・・そんな場所を訪れては下手糞な写真を撮っております。

引き続き藤沢の遊廓について。新地移転前のお話をば。前述した加藤徳右衛門氏に因る著書「藤沢郷土史」と併用しながら参考にした文献があります。







その文献とは藤沢市文書館に因って発行された「藤沢宿惣家別書上帳」であります。






藤沢市内の郷土研究家が、幕末期に於ける藤沢宿の各旅籠の情報を掘り起こし、宿の間取り、位置関係、旧町名、屋号等を調べ得る限りの手段で記しております。当時の飯盛旅籠や女郎屋の類も載っていると推測したら、案の定それらが克明に記されておりました。




少々見辛い事をご容赦頂きたいのですが、下記のような構成で綴られております。因みに、下記向かって左から二番目に記されている「青柳屋」、加藤氏の言に因れば、「業界の最高峰」とされていたそう。青柳は辰巳への移転には至らなかった模様であります。





加藤氏曰く、「大久保に揚屋としての蔦屋、湊屋あり・・・・・」、下記に確認出来ますね。蔦屋のみ辰巳の新地へ移転。揚屋=貸座敷の意。




旧大鋸町の「大和屋」、こちらも新地へ移転したようです。






しかし現在の旧東海道と藤沢新地にその面影はなし。文献の頁を捲って往年を窺い知るしか術はありませぬ。








続く。