旧庚申坂遊郭(庚申坂新地)を題材にした物語遊郭怪異話が面白かったので、現地で撮影した写真と共に引用します。
むかしむかし、旧庚申坂遊郭の近くに空き家がありました。
「空き家のままでは、もったいない」
遊郭の大家さんが、貸し家(かしや)のふだをはると、すぐに借りる人がみつかりました。
ところが二、三日すると、大家さんにあいさつもなく、借りた人がでていってしまいました。
また、空き家です。
大家さんがあらためて、貸し家のふだをはると、今度もすぐに、かりる人がみつかりました。
ところがまた、二、三日もすると、借りた人が、黙ってでていってしまいました。こうしたことが、何度もくりかえされるので、
「いったい、どうしたわけだろう?」
大家さんがくびをひねっていると、
「なんだ。大家さんのくせに、しらないのかい。毎晩、女郎の幽霊がでるってうわさだよ」
通りがかりの人が、教えてくれました。
うわさは、町中にひろがりました。
こうなると、かりる人もいません。
大家さんがこまっていると、町で一番度胸のいい男がやってきて、
「おれが、女郎の幽霊をみとどけてやろう」
と、空家にとまることにしました。
男がざしきのものかげにかくれて、女郎の幽霊があらわれるのをまっていると、家のおくのほうからミシッ、ミシッ。
あやしげなもの音がしたかとおもうと、長い髪をみだした女郎の幽霊があらわれて、いろりのふちにすわりました。
女郎の幽霊は、いろりの灰をかきまぜながら、
♪かきまぜる灰は
♪はまべのいろににて
と、いって、なきだしました。
それを、何度もくりかえすので、ものかげの男は、
(これはきっと、歌の後ろ半分ができないために、毎晩でてくるのだろう)
と、かんがえました。
そこで、幽霊がまた、
♪かきまぜる灰は
♪はまべのいろににて
と、いったときに、すかさず・・・・
♪ゆるりが海か
♪おきのみゆるに
歌の後ろ半分を、いってやりました。
すると、幽霊は、安心したらしく、
「いいうたができて、これでもう、心残りはありません。どうもありがとうございました」
お礼をいってきえ、二度とあらわれなかったそうです。