4月2日に開催するブルージュ国際古楽コンクール優勝者コンサートに出演するマチェイ・スクシェチュコフスキさんから、今回のプログラムについてコメントが届きました。
深く作品を読み解き演奏に向かうスタイルのマチェイさんらしい楽曲解説です。
どのようなお考えでプログラムを組んでくださったかがおわかりいただけると思います。
バロック後期においてヨーロッパの様々な音楽圏の手法や様式が融合されることはしばしばあった。このコンサートで採りあげるヨハン・セバスチャン・バッハとジャン=フィリップ・ラモーの音楽にも、隣国の芸術的嗜好に対する関心が見受けられる。
バッハの、舞曲による組曲の中で最も長い作品《フランス様式による序曲》BWV831もそのようなコスモポリタン的精神の興味深い一例といえる。タイトルとその形式からだけでなく『クラヴィーア練習曲集第2巻』のなかで《イタリア協奏曲》とセットとなっていることからもそれは明らかだ。のみならずこの曲はバッハがポーランド王の宮廷作曲家への登用を願っていた1733年から1735年にかけ書かれている。作品のタイトルに含まれる《序曲》という単語は、この組曲の冒頭の楽章のみらず作品全体も指す(《管弦楽組曲》と同じである)。このBWV831では「序曲」が作品全体の3分の1近くを占めており、バッハが書いたほかのフランス組曲すべてに存在するアルマンドは省略されている。「ジグ」のあとさらに「エコー」が加えられている点も珍しい。このエコーは2段鍵盤のチェンバロにおける音量の変化を生かすものだ。
バッハの《フランス組曲》BWV812-817も高い人気を誇る作品ではあるが、《フランス様式による序曲》BWV831とちがって出版されることはなく、主に教育のため用いられた。そのためバッハの弟子たちが書き写した楽譜が多数残されているが、残念ながらバッハ自身の手稿は残っていない。
《平均律クラヴィーア曲集第1巻》BWV846-893はフランス組曲よりさらに教育的な意味あいが強い。この曲集は1720年代初頭に書かれている。バッハ自身の手稿には1722年と記されている。本コンサートで演奏される4曲は驚くほど多様な作品だ。第4番嬰ハ短調BWV849の前奏曲はイタリア風のシチリアーノである(とはいえ厳粛さや表現力の豊かさ、レチタティーヴォ的な性格はバッハの受難曲を彷彿させるものだ)。第14番嬰へ短調BWV859のフーガはメロディアスであり、かつ半音階が多用されている。第15番ト長調BWV860と第19番イ長調BWV864はフーガのテーマに風変わりなリズムの遊びがあって、先の2曲とは対照的な、高い技巧を発揮するものだ。
《新クラヴサン組曲》の最初の4曲はバッハ作品とは全く異なるスタイルで書かれている。おそらくラモーの集中的な理論の研究、とりわけ機能和声の分野での研究の成果だとおもわれるが、音楽における旋律と和声の境界がかなりあいまいである。「アルマンド」「クーラント」そして「サラバンド」が非常に華やかで、豊かに装飾も施され、フランスの様式を見事に表現している一方で、「3つの手」は技巧的でファンダンゴ風のリズムを持っている。これはドメニコ・スカルラッティの鍵盤作品からインスピレーションを受けているのかもしれない。
マチェイ・スクシェチュコフスキ
演奏で使用するのは、住友生命いずみホールが所有するアトリエ・フォン・ナーゲルのチェンバロです。
典雅な響きが特徴の、フレンチダブルマニュアルです。
©樋川智昭
若き名手が、住友生命いずみホールのために組んだプログラムをお楽しみに