サ・人事 | 都の西北 / 山梨 / 甲府 / 愛宕山からチトフナ(世田谷)に!

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2004年12月に山梨県に移住,15年を過ごした後に
2020年3月に世田谷に引っ越しました!

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サ・人事 

今日(4/13)の日経新聞,サ・人事 / 決断とその後 からです. 

 竹中経済相を金融相兼務に(2002年)
  懸案処理へポスト次々

今日の話は小泉純一郎首相時代の竹中平蔵大臣(現慶応大学教授)の活用というか,
小泉氏の人事の進め方が解説されていました.
結構有名な話でもあり,詳細は竹中氏本人の著書
 構造改革の真実(2006年,日本経済新聞出版社)
加えて,当時の秘書官だった飯島勲氏の著書にも記されています.
 小泉鑑定秘録(2006年,日本経済新聞出版社)
内容はかなりリアルで迫力満点,本書はかなり古いので BOOK OFF にて
¥100で見つかりますので,時間があれば読むことをお勧めします.

2002年7月,夜の宴席で竹中経済相を金融相兼務に出来ないかの話が
ある経済人(トヨタの会長だった奥田氏?)から出たそうです.
その3ヶ月後,内閣改造でその話は現実のモノになりました.
人事案件,案外飲み会や懇親会の場で決まることが多いモノです.
 小泉氏曰く『兼務か..., 面白いな.』

 人の話を広い範囲から吸収する,
  この点も小泉氏の優れてた能力のひとつだと思います.

 また,加えて注目する発言が
 『私の方針に協力してくれる方に閣僚になってもらいたい.』
   これによって,第1次小泉改造内閣で竹中経済相・金融相が誕生しました.

人事の基本は,自分が部門の責任者であれば
自分の考えに協力してくれる人,骨を折ってくれる人を引っ張る,
その人に重要ポストを任せて責任は自分が採るが基本になります.
トップの考えに否定的な人間はどんなに優秀であっても重要ポストに就けない
これは人事の基本的な考え方なのですが,
案外こんな事とも分からずに 『俺は優秀なのに何故冷遇される..』
と言っている人は少なくないように感じます.
組織はチームプレイなので,個人がどんなに優秀でも
組織としてのベクトルが合っていない人が入るとたちまちマイナスゲイン
こう言った場合にはどんなに優秀な人であっても輩出する必要がある,
これが組織の人事マネージメントの基本になります.

 組織はチーム力をどのように上げるか,
 この視点が最重要案件ともいえます!

加えて,竹中経済相・金融相の誕生は,小泉氏が考える
 『経済と金融を一本化して改革を進めて欲しい!』
そんな考えの基に出来たポスト,それを自身が信頼する1番の参謀に与え
思いっきり働いてもらう,トップのやるべき事は人事であり,
配置した部下に如何に働きやすい業務環境を作ってあげられるか,
この点をよく考えた小泉氏の判断はトップマネージメントとしては
素晴らしいモノであり,そう言うプロセスと結果になっています.

更に言うと,小泉氏は竹中氏の秀でた能力を理解しての大きな判断をして,
仕事を任せきったわけです.上司に信頼された部下は思いっきり働きます.
この信頼関係こそが組織におけるシナジー効果を生む原点だと考えます.
信頼関係が存在しない組織では発展は期待できません.
逆に組織内で足の引っ張り合いばかりが生じ,いずれはその組織は崩壊する,
戦国時代に生き残れた大名はこの信頼関係を固いモノにすることを
最も重視してきました.

日経夕刊の連続小説(火坂雅志著)天下家康伝
毎日楽しみに読んでいるのですが,
まさにその視点が多くの史実局面から読み取れます.
家臣を信頼しない武将は家臣から裏切られます.
謀反の噂が出ることが常の戦国時代で,その家臣をどこまで信頼できるか,
真偽を見抜くことが難しい調略をどう判断するか
これは全て信頼関係の有り様に依存することが基本と言えます.

小泉氏に大きな権限を任された竹中氏は次々にめざましい成果を残します.
不良債権に目処を付けた後,2004年9月の改造で竹中氏は
小泉内閣の本丸『郵政の民営化』を担当すべく
郵政民営化担当相に任命されます.その後,郵政民営化法が成立すると
今度は総務相に就いた竹中氏は郵政改革の仕上げを担いました.

2001年の組閣に当たり,

 小泉氏曰く,『これから凄まじい戦いになる,一緒に戦ってくれ!』
 竹中氏曰く,『ご一緒させてもらいます.』

当時,慶応大学教授であった竹中氏は,
先々慶応大学に戻れるかどうか分からない状況,損得勘定無しに
小泉氏の依頼を引き受けました.保身型の人には絶対に出来ない選択です.
慶応大学教授は素晴らしいポストで,
普通の人間であればこれを蹴って厳しい局面にはなかなか移れないモノです.
小泉氏もそれは十分理解しての登用であったが故に出来た信頼関係だったと思います.

竹中氏登用後,小泉氏は自民党内からのバッシングを厳しくうけます.
特に面白い(見方としては老害的だと思いますが)著書に,
堀内光雄元自民党総務会長(山梨県でも老害?)の 
 自民党は殺された(2006年,WAC) があります.
これは当然ながら日本経済新聞社出版からの出版ではない,
つまり,どちらかというと商売的な視点から出された書籍?
時代の変化を読み取れなかった老人のぼやきが書かれた一冊ですが,
このぼやきを自民党内で乗り切った小泉氏の度量は
並大抵では無かったと思われます.それがあってこその竹中氏の活躍,
 『学者に経済政策を任せられない』 これを乗り切れたわけです.
 
5年半の小泉政権で閣僚を続けたのは竹中氏だけ
竹中氏のミッションは不良債権処理,このミッションを郵政民営化に換え
終えれば次のミッションに移る,特命を受けた任務遂行型の象徴となっています.
仕事はまずは大きな問題を克服,終われば次の大きな問題を片付ける
これにどう寄与していくか,ここには仕事を任せる方と
任せられる方の信頼関係が非常に重要であると言うこと.
これを再認識できた日経新聞解説記事でした.
昔読んだ書籍についても懐かしく思い出すことも出来ました.

最後に,竹中氏の引き際,
小泉氏が首相を降りると古巣の慶応大学に早々と戻りました.
国税を使っているのに任期途中で国会議員辞職なんて,
と批判される声もありましたが,個人的にはこの判断は凄く誠実というか,
『政治の世界で自分の役割は終わった.』
この言葉も感動的でしたね!

仕事は誰を信じて,誰のためにやるのか
それにどういった大義名分(徳川家康の天下統一の根幹)があるのか
少なくとも自分中心で組み立てていてはダメなように思えますね.