今更だけど夏休みダイジェスト① | ボンジュールとの生活 in 上海

ボンジュールとの生活 in 上海

アメリカ、ミルウォーキーからフランスのリヨンで駐在生活始まりました。

火星人のようにしばしば理解不能なフランス人の夫と、1男1女から、40歳でまさかの3人目出産。娘の脱毛症と戦いながら、3人の子育て、節約、ミニDYIを楽しんでいます。

こんな事を書くと、お友達から恨まれそうですが、今日から子供達のクラブが始まり、コンちゃんさえも週2回クラブ活動があるので、月曜と火曜日は私6時近くまでフリーなんですラブ


なので夏休みダイジェストを記録として書いてみます。



夏休み始まって早々7月3日にKLM航空でアムステルダム経由でリヨンまで。お休み前半は子供達と私のみ。今まで良くも悪くもデビッドの後を何も考えずに着いて行くのに慣れていたので、私が3人連れでリヨンまで、って結構責任重大でストレスでした。



リヨンでは私とコンちゃんはホテルに泊まり、上の2人はお友達の家でお泊まり。楽です。2日目の夜中3時に火災探知機が誤作動し、ホテルの9階から1階まで降りて、更にまた9階まで戻ると言うかアクシデントもありましたが、みんな楽しくお友達と再会を楽しめました。




リヨンの次はローマ。私飛行機大嫌いなんでできれば電車でいきたかったんですが、フランスとイタリアの国境で地滑りがありまだ鉄道が復旧していないそうで、泣く泣く飛行機。


混んでて遅れたら嫌だし、3時間半前に空港到着したら、飛行機1時間半遅れえーんなんだかんだで空港で5時間も待ちました。でもヨーロッパ内の移動はあまり揺れないので好きです。


ローマにはお友達家族が2家族います。エマはマリアのお宅に友達3人と泊まり、私は桜とコンちゃんとスーザンのお宅に。これを途中で交代。


途中3家族(パパ抜きで)トスカーナ地方のヴィラにバケーションにも行き、とっても良い時が過ごせました。





めっちゃくちゃ暑かったけど。


10日間の滞在を終え、今度はノルマンディの義母のカントリーハウスへ。パリまでは電車で行きました。


ローマを早朝に出て、ローマテルミネ駅からミラノのガリバルディ駅。ミラノにはセントラルとガリバルディと主な駅が2つあって(少なくとも)、もう少しでローマからセントラル駅行きの切符を買ってしまう所でした。パリ行きはガリバルディ発です。


ローマーミラノ間、3時間の所、途中線路に人が入っているとの事で迂回をし、2時間半遅れでミラノに到着。乗り換えは30分もあるものの、駅構内には何も無いし、外に出て観光する時間もないのでひたすら待つ。


これ電車の切符を買ってから気が付いたんですが、件の地滑りのせいで、まだ一区間電車が通れない為、フランスとの国境近辺で全員電車を降り、警察によるパスポート検査を受け、6台ほどのバスに乗り換えバスで30分離れた駅からまた電車に乗り換える、となんとも面倒な工程でした。何が面倒ってもちろんスーツケースをその度に、上げ下ろししなくては行けなかった事、全然バリアフリーではなく、階段を重いスーツケース持って登り降りしなくては行けなかった事、しかも3人子連れで。



この日は、朝7時にスーザン宅を出て夜パリの義母のアパートに着いたのは夜中の12時すぎてましたえーん飛行機だったら1時間半、しかも電車より安い。


でも珍しい経験が出来たな、と後悔はゼロです。ヨーロッパ電車の旅って一度してみたかったし。おまけにこの日はWindowsの大規模なシステム障害の起こった翌日だったので、飛行機でパリ行きをしていたらこれはこれで大混乱だったと思います。


なので結果良し。


景色の移り変わりはとってもきれいでした。トスカーナのぶどう畑から


アルプス周辺の山脈地方。



子供達に見てみてー、と努力はしてみましたが、ひたすらそれぞれのタブレットで遊んで景色はほぼ見てくれなかった。


パリで1泊し、また電車でノルマンディの田舎へ。義母と一緒なのでやっぱり気が楽です。私1人で子供3人は疲れました。いくらエマの身体は大きくてもまだ子供。1人で全部仕切るのは大変でした。




ノルマンディの義母宅、小さいけど可愛いお家です。


続く