丸市オヤジの春夏秋冬

丸市オヤジの春夏秋冬

伊豆大島の「丸市釣魚具店」を営むオヤジが綴る伊豆大島と磯釣りの日記




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2018.7.20 春夏秋冬

 

 

<非日常のはずの災害が、、、>

 

 西日本豪雨災害によって亡くなられた方々に心からの哀悼の意を表すとともに、ご遺族の方々にお悔やみを申し上げます。また、被災された方々にお見舞いを申し上げます。

 

 大島が土砂災害に見舞われてから今年の10月で5年になります。当時、100年に一度、50年に一度の大雨だと言われましたが、全国を見渡せば非日常であるはずの災害が、まるで日常の出来事のように頻繁に引き起こされています。

 

 今回の豪雨災害で犠牲者が百名を超えてしまった広島は、4年前の土砂災害の傷が癒える間もない悪夢の再来だったのではないでしょうか。とても他人事ではありません。報道の映像によって大島の災害が思い起こされてしまい、正視することがままなりませんでした。被災された方々に私の口からはとても“頑張って”ということはできません。ただ、負けないでほしいと願うばかりです。

 

 どんなにあがいても、過去を変えることはできません。変えることができるのは未来だけです。災害に負けることなく、前を向いて未来を信じて生活再建の歩みを少しずつ進めていただけたらと願います。

 

 

<二週間ぶりの釣果報告です>

 

 ここのところの暑さによって、日中での釣りはそれこそ自殺行為です。昨日、コマセの搬入をしました。三時間ほどの力仕事でしたが、驚いたことに体重が前夜に比べて3㎏近く減っていました。こまめに水分補給をしていたのですが、予想をはるかに超えるペースで脱水していることに気付かされたわけです。“命にかかわる危険な暑さ”というのも納得です。こまめな水分補給、改めて肝に銘じました。

 

 というわけで、今回も元町桟橋でのカゴ釣りです。望むような釣り日和にはならず、島の西側での磯釣りができません。しかし、そうしたコンディションがままならないことも含めて、釣りというのでしょう。諦め、というわけではなく、ありのままを受け入れる、というような心境で釣りに臨みました。

 

 ところが、ありのまま受け入れるというにはいかない厳しい現実が待ち受けていました。トータル4時間強の釣行中、開始から3時間ほどがまったく中り無しで進行しました。みなさんなら、こんな状況だったらどうします?

 

 私の場合は、場所替えするわけでも、切り上げるでもなく、ただただ、ひたすらに仕掛けの投入を繰り返すだけです。完全なるボーズを覚悟しながら、、、。いや、覚悟はしていませんでしたね。本音を言えば、ボーズだったときの言い訳を考えていました。ただ、ひたすらに、、、。

 

 しかし、変な言い方ですが、なかなか良い言い訳が浮かんできません。潮時は絶好です。満潮を挟んで、その前後を釣っているわけですから、言い訳にはなりません。水温、風、荒れ具合、タナ、仕掛け、その他、どれも言い訳としては当てはまらないのです。何せ、三連休前から三連休にかけてお客さんたちの釣果は、とても良かったわけですから。しかも、元町桟橋が好調だったんです。

 

 そうした現実を前にすれば、唯一浮かんでくることは自分がヘボだっていうことだけです。釣れない理由はこれしかありません。認めるしかないかァ~、と諦めかけていました。いつの間にか混み合っていた桟橋に取り残されていたのは、私だけになっていました。季節外れの木枯らしが、私の心の中を吹き抜けていきました。

 

 

 

<やる気スイッチはいずこに?!>

 

 ところが、何の前触れもなくいきなり状況が変わりました。ウキの灯りが弱くなってきたので、新しい電池を捜して戻ってみるとウキが見えなくなっていました。今日初めての中りです。これだけで嬉しくなってくるんですから、単純なもんです私の気持ちは。

 

 顔を見せたのは、35㎝弱のイサキくんでした。こうなると、すぐにつけあがります。欲が出てきます。1尾じゃなんだから、せめてもう1尾。さっきまでの落ち込みはどこへやら、欲だけがうなぎ上りです。

 

①イサキくんがふいた白子この時期で驚き
 

 しかし、なぜ、目を離した時に限って中りが出るのでしょう。意外にそれが多いので、意図的に目を離したりするんですが、そんなときはダメですね。何も考えずに、ウキのことを忘れて他のことに心を奪われている時にこそ、気付いたときには中りが出ているんですね。不思議ですよねぇ~。みなさんも、ワザとウキから目を離した経験があるんじゃないでしょうか?そんなことするのは、私だけだなんて言わせませんよぉ~!!エっ!!私だけ?!

 

 それはさておき、終了までの1時間弱に中りが集中し、何とか7尾まで釣果を伸ばすことができました。しかし、時すでに遅しでコマセが無くなってしまいましたので、終了するほかありません。しかし、終了する前には、「イサキはもういいから、サバでも喰ってこないかなぁ~」「一発大物が喰ってこないかなぁ~」などと、ほざいている始末。われながら、ホトホト嫌になります。

 

 こんなだから、なぜ魚のやる気スイッチが入ったのか?何が原因で喰い気がたったのか?中りが出なかったときと、中りが出始めたときと、何がどう違ったのか?こうしたことを検証もせず、解明もしないから、成長しないんでしょうね。困ったもんです。

 

②持ち帰った魚
 

 

<島の若い釣り人からの釣果報告です>

 

 まずはK君からの釣果報告です。今年は、カンパチの当たり年のようです。K君の釣果は磯でのものですが、元町桟橋でも、カンパチが釣れているようですし、型も良いようです。ショッパチが釣れたというのではなく、カンパチが釣れた、というお客さんの声からもそれがうかがえます。

 

③K君のカンパチの釣果
 

 

 次は、宮本吉春君からの釣果報告です。9㎏超えのマダイです。エサは、タカベだとのことです。ノッコミの時期は過ぎていたので少しやせていたとのことです。旬の時期だったなら、10㎏を超えていたのではないでしょうか。

 若い二人の釣果にあやかりたいものですが、体力の差は歴然です。しかし、欲だけは減らないからバランスが悪くなるんでしょうね。いずれにしても、羨ましい限りです。

 

④宮本吉春君の巨大マダイの釣果-17日夜9時
 

 

⑤~⑦ドラマで出てきた竹芝桟橋

 

 

 

<卑劣な人間性は隠しようもなく顕わになるんですね>

 

 「国民の生命・財産を守るのが使命」「救命・救助活動は時間との闘い」安倍さんの言葉です。これらは口先だけの浮ついた嘘っぱちにすぎないということが、またまた明らかになりました。言わずと知れた、“自民亭”などというふざけた名称の“懇親会”です。なんのことはない、安倍さんの総裁三選のための、支持固めのための飲み会です。

 

 安倍さんは、国民の生命・財産よりも、自分の夏休み・ゴルフを優先したという、言い訳できない“前科”があります。にもかかわらず、今回も懇親会という名の支持固めを優先したわけです。つまり、安倍さんは自分ファーストであり、国民の生命・財産など二の次、三の次だということです。腐りきっているというほかありません。卑劣な人間性は隠しようもなく顕わになるものなんですね。にじみ出てしまうんでしょう。

 

 午後2時の段階で、気象庁が会見をして警告を発していたにもかかわらず、飲み会を予定通りに行うなんていうのは、これだけで政治家としては失格でしょう。ましてやそのことを嬉しそうにツイッターで報告するなど、政治家というより人間として失格ではないでしょうか。小野寺防衛大臣や上川法務大臣に対しては、もはや言葉もありません。類は友を呼ぶの理のごとく、安倍政権にはこんな人間ばかりです。

 

 さらに、災害対策を優先することなく、ギャンブル依存症患者を増やし、自殺者を増やして経済成長しようと言わんばかりの博奕法案というほかない法案の成立を率先して強行する石井国交大臣。公明党ではなく自民党の大臣のようです。腐りきった安倍政権を支える公明党の果たしている役割は最悪です。

 

 前回、腰まで泥まみれという唄を紹介しましたが、やみくもに進め!!進め!!と、言っていた隊長の姿が、今の安倍政権と重なっているからにほかなりません。しかし、忘れてはならないことは、この唄の隊長は身をもって範を示し、自らの命でもって発言の責任を取ったということです。

 

 しかし、安倍政権は後ろから進め!!進め!!と言っているだけで、その発言・政策の結果に対しては、決して責任を取ることはないでしょう。安全地帯から無責任に周りを煽って、ゆがんだ情念を満足させつつ私腹を肥やす。パーティー券を売りまくって、売り上げを過少に申告する。政治資金などとは言ってはいますが、こんなせこい手口で集めたお金の使い道などたかが知れているでしょう。

 

 オリンピックも同様です。何のためのオリンピックなんでしょうか。子どもの頃に聞かされていた、「オリンピックは参加することに意義がある」という言葉は、もはや死語です。

 

 なぜ、命にかかわる危険な暑さの中でオリンピックが行われなければならないのでしょうか。これのどこが選手ファーストなんでしょうか。64年の東京オリンピックは10月に開催されました。これが、当たり前ではないでしょうか。

 

 威勢の良い、大きな声に、踊らされてはならないでしょう。耳障りの良い言葉に、騙されてもならないでしょう。なにしろ、“地獄への道は善意で敷き詰められている”という言葉が、教訓として残されているわけですから。

 

 

<こんな世の中だからこそ、うたわれて欲しい唄 第5回>

 

 今回は、ウディ・ガスリーがつくったDEPORTEEです。私が最初に聴いたのは、ウディ・ガスリーの追悼コンサートがレコードになっていたものの中でです。ここの記憶があいまいなんですが、単独でジョーン・バエズがうたっていたのか、コンサート参加者による合唱だったのか、それがハッキリしません。

 

 いずれにしても、十代の終わりごろのことだったと思います。この唄は、実際に起こった飛行機事故を元にしてつくられたものです。亡くなった人の多くは、メキシコ人でした。いわゆる季節労働者です。カルフォルニアの果樹園での生産には、こうしたメキシコからの出稼ぎ労働者の労働力が不可欠です。

 

 しかし、実際には米国の雇い主が安い賃金でこき使い、挙句の果てには不法入国・不法労働者として国外追放して、暴利をむさぼっていたというのが真相のようです。

 

そのように国外追放されたメキシコ人労働者が乗っていた飛行機が墜落するという、痛ましい事故が実際に起こりました。ウディ・ガスリーが怒ったのは、こうしたメキシコ人労働者への不当な扱いはもちろんのこと、彼らが亡くなった後まで非人間的な扱いをしたということです。

 

彼ら一人ひとりの名前は発表されることなく、国外追放された不法入国者として、人数だけが発表されるという、信じられないものでした。

 

 トランプ大統領がメキシコとの国境に壁を建設すると言ってメキシコへの差別や偏見を煽っている今だからこそ、広くうたわれる必要があるのではないでしょうか。それは、日本の外国人労働者に対する対応を考えるきっかけにもなるはずです。日本のやり方も結局は、外国人労働者を使い捨てているというほかないようなひどいものです。

 

 英語は私にはわかりませんので、今回は加藤登紀子さんのうたっている、田川律さんの訳詞を掲載します。

 

DEPORTEE(流れ者)

 

桃の実は今赤く染まり
オレンジも刈り入れが終わった
あなたたちはメキシコへ帰る
わずかなお金を手にして

 

※さよならホワン さよならロザリータ
Adios mis  amigos, Jesus ý Maria
誰もあなたの名前を知らず
ただ流れ者と呼ぶ

 

監視の目をくぐって来た よけいもの
仕事が終われば帰って行く
600マイルかなたのメキシコへ
追われにくまれきらわれて

 

※くりかえし

 

飛行機はロス・ガトスの空で
火と燃えて丘に墜落
枯葉のように散ったあなたたち
ラジオじゃ名前も言わず

 

人間と認められず
死んでさえ 名前も知られず
その手で育てた オレンジさえ
口にするうれしさも知らず

※2回くりかえし  

 

※動画はJoan Baez の歌う「Deportee」
Deportee (Plane Wreck at Los Gatos)" Joan Baez - 2017 Rock & Roll Hall of Fame Induction Ceremony

 

 


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完膚なきまでに、前門の虎、後門の狼。
丸市おやじの「春夏秋冬」
投稿日: 2018/7/3(火)

2018.7.3 春夏秋冬

 

<理想の海況には恵まれず・・・>

 

①・②磯辺に咲いていた花
 

 

 

 いきなり梅雨明けが宣言され、ただでさえ暑い日がより一層暑く感じられるようになりました。こうなると、日中での磯釣りはフライパンの中にでもいるような、無謀なものになってしまいます。

 

 したがって、選択肢は二つ。早朝の涼しいうちに釣りをするか?夜釣りにするか?です。ズボラな私は、当然夜釣りということになります。しかし、風がない日だと、夜釣りも蚊などの猛攻があって閉口ものです。なかなか悩ましいものです。

 

 そういえば、子どもの頃よく言われましたっけ。夏休みの宿題は、午前中の涼しいうちにやりなさいって。ラジオ体操の後、朝ご飯を食べたら、もちろん遊びに行きましたよね。朝一で起きて、カブトムシやクワガタを捕まえに行きませんでしたか。やっぱり朝マズメは重要なんですね。こんな話、なんのこっちゃでしたね。

 

 話を戻します。サンデーアングラーの私は、このところなぜか天気の巡りもよくありません。昨日の休みなども、台風の影響なのかウネリが出てしまい、磯釣りは完全にアウトでした。やむなく、元町桟橋でのカゴ釣りということになりました。とはいっても、南風が強く吹きウネリで桟橋先端は波が被ってしまっています。

 

 仕方なく、北向き(岡田方向)での釣りとなりました。なかなか、思い通りの海況・状況には恵まれません。それでも、「これも釣りのうち」と、自らを納得させながら、釣り開始です。

 

 夜釣りでのイサキ狙いとはいえ、ある程度事前にコマセを効かせておかなければ釣果は望めません。そのため、釣れなくても明るいうちから釣り開始です。しかし、昨日は暑かった。少しでも涼しくなるのを待ったのですが、なかなか涼しくはなりませんでした。それでも、日没まで一時間半ぐらいから何とか釣りを開始しました。陽はかなり傾いていましたが、それでも強烈な陽射しでした。

 


③落陽のあと謎の発光体?!が浮かんでいた



④富士山の頭だけ
 

 

<やっぱり釣りは難しい!?>

 

 淡々と仕掛けの投入を繰り返しました。マズメの大物が喰ってくると信じて。まァ、信じるのは私の勝手ですけど、期待を裏切るのもお魚さんの勝手なんでしょうね。ハイ、裏切られました。しかも、これ以上ないっていうぐらいに。こういうのを、“完膚なきまで”っていうんでしょうかね。

 

 マズメの良い時間帯になっても、ウキはピクリとも動かず。その後もむなしく時間ばかりが経過していきます。どのくらい時間が経った頃でしょうか。ふと気がつくと、ウキが変な動きをしています。とりあえず、仕掛けを回収してみましたが、魚の手応えはありません。ダメかァ~と、ガッカリしていると、途中からにわかに魚の手応えが始まりました。慎重にやり取りをしてあがってきたのは、信じられないことにサバくんでした。

 

 中りはもちろん、手応えもサバくんのものではなかったので、頭の中を?????が駆け巡りました。イサキ狙いのはずが、いきなりサバくん登場で出鼻を挫かれた感じですが、釣れないより釣れた方が良いのは言うまでもありません。

 

「ここからはサバの入れ喰いだなァ~。まいったなァ~」などと、口に出して言ってはみたものの、まんざらではないのは言うまでもありません。まいっているはずはなく、むしろ、ホクホクです。まいったなァ~なんて、照れ隠しみたいなものです。

 

ところが、入れ喰いどころの騒ぎではありません。嬉しいはずのまいったなァ~が、ホントのまいったなァ~になってしまいました。なぜでしょう。皆目見当もつきません。サバくんが一尾だけで止まってしまうなんて、前回に続いて二度目の経験です。嫌なことだけは続いてしまうものなんですね。

 

そのうち、桟橋すずめならぬ、猫ちゃんがちゃっかり、私の車の脇で待機している始末。何度か追い払いましたが、魚の臭いを嗅ぎつけたのか大胆な行動をとるようになりました。肖像権も何のその、写真撮影にも応じてくれました。こうなると、釣りに集中することができません。まさに、前門の虎、後門の狼ってなもんです。またまた、なんのこっちゃですね。


⑤大胆不敵な猫ちゃん

 


⑥記念撮影に応じた猫ちゃん
 

 

結局、その後は20㎝弱のイトフエフキくんを挟んで、サバくんとイサキくんをそれぞれ一尾ずつ追加しただけで終了と相成りました。やっぱり釣りは難しい。同じ顔を見せてくれることはありません。奥が深い。そのことを改めて痛感した一夜です。猫ちゃんとの戦いも、同じく大変です。なぜか、遠藤賢司の“カレーライス”が、口をついて出てしまった私です。あの世とやらでも、不滅の男ぶりを遺憾なく発揮しているような気がしました。

 


⑦20㎝弱のイトフエフキくん

 


⑧持ち帰った魚

 

 

<再審開始を認めないという暴挙>

 

 袴田事件の再審開始を認めない決定が高裁によってなされました。暴挙としか言いようがありません。「疑わしきは被告人の利益に」この大原則はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。

 

しばらく前に、NHKで“えん罪・奇跡の逆転無罪判決”という番組を放映していました。えん罪がどうやって生み出されてしまうのか。しかも、起訴されてしまうと、無罪判決を受けることがいかに難しいのかを、実際にあった事件を元に構成したドキュメンタリータッチの番組でした。

 

 袴田事件は、疑わしいことばかりの典型的なえん罪事件です。まるで、「疑わしきは被告人の不利益に」といわんばかりの裁判です。そもそもが、“えん罪銀座”と呼ばれる、静岡県で起きた事件です。このえん罪は、ボクサーへの偏見が根っこにあります。こんな凶悪な犯行は、「ボクサーならやりかねない」という、偏見がそのスタートです。

 

犯行時の着衣をパジャマとして検察が立件したにもかかわらず、一年以上も経ってから突如としてみそ蔵から発見された衣類を犯行時の着衣に変更。袴田さんの体系には明らかにマッチしないサイズの衣類です。実際、袴田さんはズボンをはくことができませんでした。すると検察の主張は、みそ蔵の中で放置されていたから、衣類が縮んでしまったとなります。疑わしい事実を、こんな屁理屈で解釈するのが許されるからこそ、えん罪が生まれるのではないでしょうか。しかも、検察は証拠を自分たちで独占し、都合のいいものだけを採用しています。

 

弁護団は、みそ蔵に一年以上付けられていた衣類と同じように、衣類をみそに漬けるという実験を行いました。その結果は、みそ蔵から見つかった衣類より色が濃く染まりましたが、はけなくなるほどには縮みませんでした。

 

この一点だけでも、袴田さんが犯行にはかかわっていないことを、十分に証明しています。再審にこそ、市民感覚を取り入れるべきではないでしょうか。最初から結論ありきの高裁判断は、あまりにも時間がかかりすぎています。市民参加で判断すれば、十分の一の時間で充分でしょう。死刑判決を下すというような裁判に市民を加担させるのではなく、再審にこそ市民を参加させる方がえん罪は減るのではないでしょうか。

 

袴田さんは、明らかに無実です。元ボクサーの輪島功一さんが言うように、検察や裁判所は自らのメンツを守るために、「袴田さんが亡くなることを待っている」としか思えません。一刻も早く再審開始決定を最高裁は出すべきです。

 

 

 

<平和の詩・生きる>

 

【沖縄の願い】平和の詩 「生きる」慰霊の日 2018

 中学三年生の創った詩とは思えませんでした。安易に素晴らしいなどと、決して口にすることができない詩です。と、同時に私が感じたことは、中学三年生に詩の中で述べている決意をさせてしまうような現実を、未だに沖縄に押し付けているということに対する責任とでもいうものです。大人としての責任とでもいうものでしょうか。

 

 平和な社会を子どもや孫に残したい。借金も、原発・核のゴミも、子や孫に残したくはない。でも、現実の政治はその反対の道を進んでいるように思います。国難と呼んでいた北朝鮮による脅威は去ったはずなのに、トランプさんの言いなりに米国から武器を買わされる。効果が疑わしい、イージスアショアの配備は進める。

 

 借金を減らす方策はどんどん先送りし、「経済成長なくして財政再建はない」という薄っぺらなスローガンだけをくり返し、その実やっていることは借金を増やしているだけ。年金や社会保障費などは削るなか、防衛省の予算は増大させていく。

 

 再生可能エネルギーや自然エネルギーを開発していくことによって、経済成長を目指すなら多くの国民が納得するはずですが、過労死を合法化する法案を強行に採決したり、博奕・ギャンブルで経済成長を目指すなど、どこが美しいんでしょうか。なし崩しに原発の再稼働を進め、核のゴミは増える一方です。目先のことしか考えない政治です。そのくせ、裏ではお友達を優遇する政治を進める。だから、許せないんです。

 

 中学三年生の詩に比べ、安倍さんの言葉のなんと軽いことか。「できることは進めていく」誰が信じるというのでしょう。「米軍へ飛行訓練の中止を申し入れた」と、またまたウソがばれました。安倍さんの卑劣な点はウソがばれても、恥じないことです。ホントにこの人は卑劣漢です。息をするようにウソをつく。安倍さんのためにあるような言葉です。

 

 中学三年生が詩を朗読している映像の中で、安倍さんが明らかに“鼻で笑っている”様子が映し出されました。沖縄の参列者の多くの人々が涙を流しながら聴き入っているのとは対照的な、安倍さんの卑劣な人間性が隠しようがないほどに浮き彫りになっていました。彼女の詩の朗読中にヘラヘラとにやついているのが、信じたくはありませんがこの国の総理大臣です。これが現実です。この最悪な現実を変えなければと、歯噛みしながら痛感した沖縄慰霊の日でした。

 

 

<こんな世の中だからこそ、うたわれて欲しい唄第4回>

 

 今回は、原曲ピート・シーガーの“腰まで泥まみれ”です。訳詞は中川五郎がしたものです。私がこの曲を初めて聴いたのは、中川五郎の唄うものでした。たぶん、高校生になってからのことだと思います。その後、岡林信康のバージョンや最近になって元ちとせバージョンを聴きました。

 

 元ちとせのものは、スーパーの中で流れていた有線放送で初めて聴き、嬉しくなってネットで検索した覚えがあります。そして、同時にCDを買うことにしたのだと思います。

 

 ピート・シーガーは亡くなってしまいましたが、中川五郎はここのところ以前にも増してこの唄をライブハウスなどで唄い続けているようです。それもあるのか、私はこの唄は中川五郎が唄うのが一番好きです。

 

 腰まで泥まみれ

昔僕が優秀な軍隊の隊員だったとき

月夜の晩にルイジアナで演習をした

隊長はぼくらに「河を歩いて渡れ」と言った

ぼくらは腰まで泥まみれだが隊長は言った「進め!!」

 

「隊長危ない引き返そう」と軍曹は言った

「行くんだ軍曹俺は前にここを渡ったぞ

ぬかるみだけど頑張って歩き続けろ」

ぼくらは腰まで泥まみれだが隊長は言った「進め!!」

 

「隊長こんな重装備では誰も泳げません」

「そんな弱気でどうするか俺についてこい

わしらに必要なのはちょっとした決心さ」

ぼくらは首まで泥まみれだが隊長は言った「進め!!」

 

月が消え溺れながらの叫びが聞こえた

隊長のヘルメットが水に浮かんだ

「みんな引き返そう」と軍曹が言った

ぼくらは泥沼から抜け出して隊長だけ死んでった

 

裸になって水に潜り死体を見つけた

泥にまみれた隊長はきっと知らなかったのだ

前に渡ったよりもずっと深くなってたのを

ぼくらは泥沼から抜け出した「進め!!」と言われたが

 

これを聞いて何を思うかはあなたの自由

あなたはこのまま静かに生き続けたいだろう

でも新聞読むたび蘇るのはあの時の気持ち

ぼくらは腰まで泥まみれだが馬鹿は叫ぶ「進め!!」

ぼくらは腰まで泥まみれだが馬鹿は叫ぶ「進め!!」

ぼくらは腰まで首までやがてみんな泥まみれだが馬鹿は叫ぶ「進め!!」

 

中川五郎「腰まで泥まみれ」


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あれからサバくんはどこへ行ったやら
丸市おやじの「春夏秋冬」
投稿日: 2018/6/21(木)

2018.6.21 春夏秋冬

 

<安易な目論見をもって久々のカゴ釣りへ!!>

 

 先週の休日は台風接近で釣りどころではありませんでした。今週の休日も雨が予想されました。そのため、久しぶりに仕事終わりに釣りに行くことにしました。サバくんへの需要があり、それならばと重い腰を上げた次第です。個人的には森田童子の訃報に接したショックが尾を引いていたのですが、彼女の曲を聴きまくっているうちに不思議と立ち直りの兆しが見えてきていました。彼女の唄、不思議です。

 

 店じまいをした後、夕食をとったり雑用を済ましたりなどしているうちに、立ち上がりかかっていた重い腰が立ち上がり不可能なほどに再び重くなってきていましたが、気がつくと森田童子の唄がいつの間にか口をついて出ていて、知らず知らずのうちに身体が動きだし、桟橋へと無意識のうちに向かっていました。

 

 貴重な釣り日和です。そのためか、日曜日の夜にもかかわらず元町桟橋は混み合っていました。それでも、桟橋先端の北側が空いていたのでそこに入らせてもらうことにしました。ホントに久しぶりのカゴ釣りです。目論見はこうです。まず、イサキを何尾か釣る。コマセが効いていくうちに、イサキがサバに化けるだろう。サバが釣れ始めたらこっちのもの。需要を満たすのに、そんなに手間取ることはないだろう。

 

よもや、目論見がいとも簡単に外れることになるとは、この時には夢にも思いませんでした。

 

 

<こんなことは初めて!!>

 

 カゴ釣りで楽しいのは、リールのアラーム音を聞くことです。そんなことを楽しみにするのは私だけかもしれませんが、アラームを鳴らす中りは期待値が跳ねあがることは確かです。初めて釣ったマダイが良い音を長く出してくれたことが、私の五感に忘れられない思い出として沁みついているからかもしれません。

 

 しかし、今宵のお魚くんは、アラームを鳴らしてくれることはおろか、ウキさえもしっかり沈めることはありませんでした。まるで、ハタンポでも喰っているかのように、チマちまとした中りしか出ません。ウキが沈んだと思ったら、すぐにまた顔を出してしまいます。エサだけ盗られたかと思って仕掛けを回収すると、ちゃっかりイサキくんが針掛りしています。

 

 ウリンボーサイズは、極力リリースしましたので、なかなかキープする魚の数が伸びませんでした。何とか、5尾ほどイサキくんをキープしたころ、待望のアラームを鳴らす中りが出ました。待ってましたとばかりに、竿を持ち上げてやり取りを始めましたが、その手応えからサバくんだとすぐにわかり、嬉しいやらガッカリするやら複雑な気持ちになりました。

 

 それでも、今夜の本命です。しかも良型。こんなサバくんを泳がせたならば、23㎏のモロコが喰ってくるのも納得です。もっとも、私にはそんな大物を釣り上げる野望はありません。とにかくサバくんを、需要を満たす数だけ釣るのみです。たった1尾のサバくんで、指が攣ったのには消耗しましたが、ここからが本番です。気合を入れ直して再開です。

 

 期待通りにすぐに喰ってきました。アラームも鳴りました。良い走りです。ところが、手応えがサバくんではありません。はるかに強烈です。リールのドラグが滑って空回りします。なかなか道糸を巻きとることができません。ウキもなかなか上がってきません。大物の証です。

 

 頭に浮かんできたのは、コロダイです。楽しくなってきました。期待値マックスです。竿一本分のところでようやくウキが水面に顔を出しました。カゴ釣りでは久々の感動的なやり取りでした。が、魚の姿を見て頭が混乱しました。コロダイだとばかり思いこんでいたため、現実を認めたくなかったのだと思います。

 

 ガッカリです。海面で飛沫を上げて抵抗を続けているのは、まぎれもなくササヨくんでした。一気に疲れが押し寄せ、タモ入れも気もそぞろです。なんだかなぁ~😢。思わずため息とともに、弱音が口をついて出てきました。

 


①60㎝のササヨくん

 

 

 信じられないのは、このササヨくんとのやり取りによってか、サバくんがどこかへ消えてしまったようで、サバくんまで釣れなくなってしまったことです。こんなこと、初めての経験です。サバくんが喰い始めたら、何をどうやってもサバくんが喰ってくる。これまでの経験が、今宵はまったく通用しませんでした。

 

 この後、コマセが無くなるまでしばらく釣りを続けましたが、イサキくんが追加されただけで終了となりました。サバくんは姿を見せてはくれませんでした。

 

 (^^♪あれからサバくんはどこへ行ったやら~♪ 思わず、唄ってしまった私です。

 


②持ち帰った魚



③不思議な形の花

 

 

追伸!!

 K君から、釣果報告がありました。ヒラマサが出ないと嘆いていましたが、釣るときにはしっかり釣っているようです。この間、トータルで青物9尾。そのうち、ワラサが最大5.2㎏。カンパチは3.5㎏が最大とのことです。通い続けるその姿勢に頭が下がります。👏


④Kくんが釣った5.2㎏のワラサ
 


⑤Kくんが釣った3.5㎏カンパチ

 

 

 

<卑劣漢の本性むき出しです>

 

 大阪で地震が発生し、小学生が通学路上でプールのブロック塀の下敷きになって亡くなるなど、5名の方が犠牲となってしまいました。本当に痛ましい限りです。とても他人事ではありません。自然災害の脅威は留まることを知りません。こうした現実を前に、進められている政治のなんと浅ましいことか。現実との乖離に身がすくむ思いを感じるのは、私だけでしょうか。

 

改めて、亡くなった方がたのご冥福をお祈りいたします。また、ご遺族や被災された皆さんにお悔やみとお見舞いを申し上げます。

 

 地震のどさくさに紛れて、加計孝太郎さんが会見を開きました。そこで、改めて安倍さんとの面会を否定しました。なるほど、卑劣さは二人とも勝るとも劣らないようで、腹心の友と呼ぶにふさわしいようです。しかし、面会を否定したということは、まさに自ら“面会詐欺”を働いたことを認めることに他ならないのではないでしょうか。

 

 安倍さんとの面会を引き合いに出し、獣医学部新設に国も前向きであることをにおわせ、土地を無料で提供させ補助金まで引き出させたわけですから、詐欺というほかないのではないでしょうか。こんなことが許されていいのでしょうか。教育に携わる資格などないのではないでしょうか。

 

 週刊誌の記事には、安倍さんが加計さんのことを“自分の大スポンサーだ”と持ち上げ、加計さんは加計さんで“安倍さんは金がかかる”とぼやいていたとか。実際に、わかっているだけでも安倍さんは千葉にある加計学園系列の大学で挨拶をしているし、落選中の萩生田さんを加計学園側は講師として雇っていたわけです。こうした関係を“ずぶずぶ”というのではないでしょうか。新設された獣医学部の入学式に、なぜ安倍さんは挨拶に行かなかったのでしょうか。不思議でなりません。

 

 贈賄や収賄ということではなく、大臣規範に明らかに反しているということが問題なわけです。安倍さんも、そのことは痛いほどわかっているはずです。そもそも、安倍さんの“嘘から”すべての問題が始まっているわけです。しかも、財務省の職員が一人亡くなっているわけです。こうした事態を引き起こした責任を、安倍さんは取る必要があるのではないでしょうか。

 

 トランプさんから暴言を吐かれたようですが、安倍さんが抗議したという話は終ぞ聞かれません。笑って誤魔化したんでしょうか。主体的な判断を何一つ持たずに、米国にお追従することだけが唯一無二の政策の安倍さん。これこそ、“国難”ではないでしょうか。

 

 

<森田童子への遅すぎたラブレター!!>

 

 ラジオから流れてきた“さよなら ぼくのともだち”を初めて聴いた時の衝撃は忘れることができません。森田童子。その名前からは、男性なのか女性なのかもわかりませんでした。しかし、その独特の声質・歌詞の世界観に、若造の心はわしづかみされてしまったことだけは確かです。

当時はラジカセですから、慌てて録音ボタンを押しましたが、録音できたのは確か二番からだったように記憶しています。そのカセットの行方も今は定かではありません。あの時から、ずいぶんと時は流れました。彼女の唄はまわりからは“暗い”といわれましたが、私にとってはそんなことはありませんでした。落ち込んでいる時にこそ、よく聴きました。すると、不思議に救われるような気分になったものです。

 

 ドラマ、高校教師の主題歌に“ぼくたちの失敗”が使われたことによって、リバイバルヒットしましたが、その時にはすでに彼女は引退していましたし、表舞台に返ってくることはありませんでした。

 

 二年ほど前に、CDが再版され、カセットのみの発売だった自選集も初CD化されました。それを機に、改めて買い揃えてよく聴いていました。まさか、こんなに突然に訃報に接することになろうとは、夢にも思いませんでした。最後まで、ベールに包まれたままで亡くなってしまったのは、彼女らしいのかもしれません。

 

 太宰治、高橋和巳、チャーリー・パーカーなど、彼女の唄をとおしてより深く知ったり、初めて知ったことも多い気がします。映画・ジャイアンツは、ガキだった私にとっては、ジェームス・ディーンなくしては語れないものだと思っていましたが、実はロック・ハドソンの映画だったということを、学生の頃レンタルビデオで観なおして腑に落ちたことは、自らの不明を思い知らされた痛い思い出とともに忘れられません。

 

 (^^♪ あの時代は何だったのですか あのときめきは何だったのですか みんな夢でありました みんな夢でありました 

悲しいほどに ありのままの君とぼくが ここにいる ~~

 

 河岸の向こうにぼくたちがいる 風の中にぼくたちがいる みんな夢でありました みんな夢でありました

 

 もう一度やりなおすなら どんな生き方が あるだろうか

 

森田童子さん あなたの唄はこれまでも これからも私の心の中で生き続けます ありがとうございます ご冥福をお祈りします

あの世とやらで、お会いできることを信じています ぼくを待っていてくれるかなぁ

 

 

<こんな世の中だからこそ、うたわれて欲しい唄第3回>

 

 “死んだ女の子”。初めて聴いたのは高石友也のレコードの中の一曲としてです。広島の原爆で亡くなった女の子をとおして原爆の悲惨さや反戦の願いをうたったものです。作詞者が、海外の人だということに、当時は考えさせられました。

 

 何年前でしょうか。元ちとせが坂本龍一と原爆ドームの前でこの歌を歌っている映像を、YouTubeで観ました。初めて観た時は鳥肌が立ちました。それほど衝撃的なものでした。歌詞も、少し違っていたように思います。自分のことを、わたしと発音するのか、あたしと発音するのかで、これほど響きが違うものなのかと、正直驚きました。

 

 原子力発電所も、見方を変えれば地上の原爆です。原発の再稼働をやみくもにすすめる政治をストップさせるためにも、広く唄われて欲しい唄だと思います。

 

 

 (^^♪
開けてちょうだい たたくのはあたし あっちの戸こっちの戸 あたしはたたくの

こわがらないで 見えないあたしを だれにも見えない 死んだ女の子

あたしは死んだの あのヒロシマで あのヒロシマで 十年まえに

あの時も七ツ 今でも七ツ 死んだ子は決して 大きくならないの

炎がのんだの あたしの髪の毛を あたしの両手を あたしのひとみを

あたしの体は 一つかみの灰 冷たい風に さらわれていった灰

あなたにお願い だけどあたしは パンもお米も なにもいらないの

甘いあめ玉も しゃぶれないの 紙切れみたいに 燃えたあたしは

戸をたたくのは あたしあたし 平和な世界に どうかしてちょうだい

炎が子供をやかないように 甘いあめ玉がしゃぶれるように

炎が子供をやかないように 甘いあめ玉がしゃぶれるように

 
元ちとせ「死んだ女の子」

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