新選組の実像に迫る(再検証)Part04 | 以蔵のblog

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大河ドラマ「新選組!」放送以来から現在まで新選組…幕末にはまってます。さらに最近は宇宙に夢中…

最近までの夏みたいな(ってかもう夏なんだけど…)気温から一変、昨夜から急激に寒くなった。完全に夏服に切り替えても、もう大丈夫なんて思ってたけど、まだまだ油断ならないねぇ…(^_^;)。
っということで、新選組の実像に迫る(再検証)シリーズ、今回で4回目なんだけど…このシリーズの始まりは去年10月…約8カ月で更新4回目という、進行がかなりスローなシリーズものでありますw。忘れかけた頃にふと出現するので、皆さん要注意!?w。
さて、今回は、新選組の前身壬生浪士組の母体(ややこしいが…)である浪士組時代のある出来事をクローズアップ。その出来事とは、大河ドラマ「新選組!」でまるまる1回分使って描かれた「本庄宿篝火事件」。
定説では、文久3年2月10日、浪士組の先番宿割という役目を務めていた近藤勇が、宿泊地である本庄(埼玉県)に先入りし、宿を手配した際、芹沢鴨の宿を手配し忘れしまった。これに激怒した芹沢は、野宿すると言って、民家が立ち並ぶ町の真ん中で大篝火を焚いた。最終的に、宿割の長であった池田徳太郎と近藤が陳謝することで、事は収まったそうだが、近藤の完全な手落ちとは言え、一歩間違えば大火事に発展し兼ねない芹沢の暴挙であり、町の人々にとっては大事件である。
この説は、新選組幹部だった永倉新八が後年に語ったものであり、ソースはこの語りのみで、その他の史資料にはどこにも記されていない。当時としては、かなりのビッグニュースであるにも関わらず、事件現場である本庄の諸記録にも、その欠片も出てこないことから、後年の創作、記憶違い、別の場所で起こった事件などと言われており、信憑性の低い定説のひとつとされている。
では、本当はどうだったのか!?。そもそも篝火事件があったとされる2月10日時点では、近藤は小頭であり、先番宿割ではなかったことが、浪士組編成リストから判明するらしく、先番宿割になったのは、2月14日からだったらしい。さらに、14日は下諏訪宿(長野県)が宿泊地で、翌日に「火の用心」の申し渡しが出ていることから、篝火事件は下諏訪で起こっていた(!?)というのが、新定説化(!?)し始めている。ところが、本庄宿泊の翌日の記録に、「芹沢が規律を破ったが、それは岡田盟が手違いを犯した為…」とあるそうで、確かに本庄宿で、芹沢は規律を破るような何かをしでかしていた。それが篝火だったのは想像に難くない。そして、岡田という人物を、近藤に置き換えたら、まさに定説である「本庄宿篝火事件」そのものではないか!?。本当は、岡田盟という人物が、芹沢の宿を手配し忘れたことで、篝火事件が起こったのではなかったか!?。これは、先日発売された「新選組 謎解き88話」に載っていた最新説である。
以上のことから、定説の近藤のミスという部分は、永倉の記憶違いということになるものの、やはり本庄で篝火事件があったのは事実だった可能性が高い。それでも、何故永倉は、岡田という人物と近藤を間違えてしまったのか…!?どんなに遠い記憶だとしても、これはかなり酷い間違いではないか!?。もしかすると、近藤も同じようなミスをどこかでやらかしていたのではないか…?。それとも永倉がその部分のみを創作してしまったか?…または永倉の語りを聞き取りした新聞記者が創作してしまったか?。その部分が記憶違いなのか、創作なのかについては謎が残るものの、本庄宿での一件は、これで謎が解けたと言ってもいいかもしれない。
っということで、今回はこれにて終了とします。さて、次回はどの出来事をクローズアップしようかな!?w