「――湊ちゃんは優しいね」
『優しい』
その言葉を誰かの口から発せられる度に
以前は嬉しかったその言葉が
今ではまるで呪いのように私の心に沈んでいく。
――どうして?私は優しくなんかない。
自分の為に、自分の為に相手に優しくしているだけなのに。
どうして誰もそれに気付かないの?
心の中に何度浮かんでは消えていったかわらない想い。
誰も気付かないまま時間は流れていく。
いつからだろう…
相手のことばかり優先するようになったのは。
笑顔で自分の心を隠して踏み込まれないようにして
自分の為に相手に優しくし始めたのは。
自分の心に触れられるのが怖くなったのは…
私のこの性格が生まれたのは
おそらくあのことがきっかけなのだろうが。
小学生の頃、私の初恋となるお兄ちゃんがいた…
初恋のお兄ちゃん。
今はもうこの世の何処にもいない、4歳年上のお兄ちゃん。
小学校3年生の冬、彼は突然私の前からいなくなった。
それは突然で、なんの前触れもなく起こった。
学校に登校してから友人たちから知らされた
彼が自身の命を断ったこと。
初めは意味が理解出来なっかった。
つい一週間前に彼と友人たちと一緒に遊んだのに?
先生に隠れて学校で雪だるまを作って遊んだのに?
また一緒に遊ぼうって約束したのに?
―――なんで。どうして。
生まれて初めて知った、人が死ぬということ。
誰かがこの世からいなくなるということ。
涙が止まらなかった。
涙は止まることを知らなくて、枯れることはなくて。
どのぐらいの時間泣いたかも分からない。
やがて涙が枯れるころ
私は初めて「死」というものに恐怖を抱いた。
――あぁ、いつかこの人達も私を置いていなくなるんだ。
私の関わる人、大好きな人、家族…
みんな、みんな、いつかいなくなる。
当たり前のことが幼い私にはすごく怖くて、怖くて、
泣いていた。
誰かと触れ合うときにはいつも「死」が頭をよぎるほどに
私は「死」という恐怖に支配されていた。
そうした日々を送り
やがて彼の死を受け入れ、「死」を受け入れ、
歳を重ね、彼の歳を追い越した。
彼の歳を追い越す頃、ある人が言った。
「湊ちゃんの笑顔には癒されるね」
その人にとってはただの会話での一言であったのかもしれない。
でも私はその言葉で私のあり方を教えてもらったような気がした。
彼を助けてあげられなかった私が人にしてあげられることを。
そして私の中に一つの想いが生まれた。
『私に関わる全ての人が笑顔でいられるように笑顔でいよう』
笑顔で少しでも周りの人を癒してあげること。
彼の死を防げなかった自分への戒めのような想い、呪い。
それから私は常に笑顔でいるようにした。
笑顔でいれば周りの人も笑顔になってくれたから。
笑顔でいればその人が抱える悩みを少しでも打ち明けてくれたから。
周りの人が幸せでいてくれるように
笑って、笑って、笑って…
そうして私は自分の気持ちを、心を笑顔で隠していった。
いつしか自分の感情のさらけ出し方を忘れてしまうくらいに。
――私は大丈夫な人間だから、何も悩みなんてないから。
誰も私が優しくする理由に気付かないで、踏み込んでこないで。
自分の感情を押し込める事に慣れてきた頃
私に向けられる『優しい』という言葉は
褒め言葉から呪いの言葉へと変わっていった…
私が望んだ結果、後悔はしていない。
一時でも私に関わる人が笑顔になってくれているのだから。
今日も呪いの言葉は私の心に沈んでいく。
自分からさらけ出すことの出来ない私の、
いつかこの笑顔に隠された
心の叫びに気付いてくれる人が現れることを期待して…
