イタリア語の長期コース
にいた
学生さんの最終日のご挨拶をした。
彼女は留学中に色々な壁にぶつ
かり
、それを乗り越えての最終日
ということで私たちもちょっと
安堵したというか、”無事に目標
が達成できてよかった”
と思って
いる。
そんな彼女が言っていたのは、
”海外に住んで日本がどんな
に便利な国か身にしみました。”
ということであった。
どんな点でそれを強く感じたのかと
いうと、日本は
・手をかざしただけで水道から水が出る
とか
・待たずにすぐお湯が出る
とか、
・冷蔵庫から開けっ放しの警告音が出る
とか・・
それがイタリアには無いんです・・![]()
って
え?そこ?問題か?![]()
・・私、気にしたこともないな。
という点であった。![]()
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いやいや、これはおそらくものの例え
ちゅーもんだろうと思うんだけど、
そういえば思い出したのだが、
私がかなり小さい頃、うちの父
が当時買った車がえらい便利で
(どういう機能だったかは忘れたけど多分近づくだけ
でロックが解除されるとかそんなんだったと思う。
今では標準機能だが・・)
子供心に”そんな機能、私は別にいら
ないけどなー”
と思った。
これと似た感情(つまり、細かいところ
まで構いすぎ
という感情)は小学校
の夏休みプリントに対しても持っていた
のでどうやら私は生まれつき質素な
形態になじむタイプらしい。![]()
快適とは何か、と考えるとき、それは
限りなく何もしないことに近づく
という方向性に向かっているのかも
しれないが、実はそれが本当に快適、
つまり楽しいとかいい気分なのか、って
いうとそーでもない、よね?
と考えてしまうのであります。