難病のALSを患う女性の依頼を受け、薬物で殺害したとして医師二人が逮捕された。

 

この問題をどのように捉えるかは人それぞれだと思う。私の考えは尊厳死は認めるべきだと思うので、法整備をしっかりしていくべきだと考える。この事件を機にSNS上では尊厳死や安楽死について賛否が分かれる意見が目立つ。

 

何が正しく、何が間違ってるとはいえない。どちらの意見も正しい部分はある。これは、人の死生観やまた置かれている状況でも違ってくると思う。

 

自身もALS患者であるれいわ新選組の船後参議院議員は「「死ぬ権利」よりも、「生きる権利」を守る社会にしていくことが、何よりも大切です。どんなに障害が重くても、重篤な病でも、自らの人生を生きたいと思える社会をつくることが、ALSの国会議員としての私の使命と確信しています。」とコメントを発表した。

 

その考えは理解できるし、生きたいと願う人が生きれるようにサポートするのは大前提だと考える。

 

ただ、この女性の場合は一人暮らしで孤独も感じていたのではないかと推測する。人は置かれている状況によって心境は変わる。そのような人々の声にどのように耳を傾けるかも政治の役割としては大事なのではないか。

 

一方で、今回の事件に関与した医師に対して石原慎太郎氏は「武士道の切腹の際の苦しみを救うための介錯の美徳」と述べたが私は違うと感じる。

 

大久保医師が自身のブログで述べているような手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」に登場する安楽死を請け負うドクター・キリコのような存在だと思う。

 

ドクター・キリコは善ではない。私は今回の大久保医師は自殺願望者等を殺害した座間殺人事件の犯人と同じように感じる部分がある。相手の願望に対して善意で対応するというよりも、自分の考えに沿って行動しただけのように思えてならない。医師の夫人である大久保元衆議院議員のブログ等を見ると余計に何か歪んだものを感じ取ってしまった。

 

だからこそ、しっかりと尊厳死の議論をし、法整備を整えないと、間違った思想等が入り込んでくる可能性がある。

 

我々は現実に目を逸らすのではなく、しっかりと議論すべきだ。