




葉も、木の実も、落ちて、
断続的に強い雨の中でも、
景色、雰囲気に限って言えば、
やはり、きれいで、心が休まり、穏やかな気持ちになれます。
さて、本心を表現することには、
とても、臆病な気持ちになりますが、
書きます。
セオリーが、でたらめだったと明らかになった時代に立ち、
いよいよ、それなら、
セオリーは捨てて、もう一度、ヒストリーに学ぼうという事です。
理論と理屈がデタラメな時代の次を照らすのは、歴史かな?
もう、歴史しか残っていないと。
そんな文章を読んで、頷きました。
歴史は、全く同じに繰り返すことはないけど、
似たような現象、流れは、過去、積み重なっているということ。
それを学べば、読めば、謙虚な気持ちにさせてもくれます。
日々の情報の真偽もまるでわからない時代。
進む道標。
どんなにたいそうな理論も、大変化の前では、ただの猿知恵の時代。
だから、威張っていたり、偉そうな態度は、ただの猿知恵の人と見よう。
セオリーよりヒストリーの時代の入口です。
さて、僕は、里山の歴史をあらためて、もっと学ばなくてはという気持ちです。
集中したいとおもう朝です。