里山の中の景色 | 里山の手入れと観察の記録

里山の手入れと観察の記録

自然との折り合いについて考え続けていきます。

$山の手入れと畑を楽しむ ~草津温泉のふもとの里山から~
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今朝も、里山の景色をお伝えしたいので、里山の中の景色です。

正直、色々ありますが、

ここに立つ時間は、ここは、平日の出来事などに関係なく、

ただ、里山の中の雰囲気です。

平日の疲弊とか、最近だと色々な落胆・・・、

一方、週末のクリエイティブ?な草刈り、

どちらが本当なのか?

両方とも本当の事で、現実。


ところで、学生時代の読書ノートが出てきました。

当時、どんな言葉に感化されていたのだろうと、読み返してます。


「人間は商売するために生まれたものではない。
 金を貯めるためにうまれたのでもない。
 己の生活を立て、そして他人に奉仕することである。
 困難であるものを可能にする。
 それこそ男の本懐ではないか。
 人の幸せのために、日々事を成し遂げていく。
 その結果において失敗してもなんら悔やむことはない」

 松永安左エ門  
 1875年(明治8年)12月1日-1971年(昭和46年)6月16日)
 「電力王」「電力の鬼」と言われた・・・。



 今の我々が大人で中堅の時代、
 このような大人の姿もほぼ皆無で、
 平均的なものを求める風潮が蔓延していて、
 挙句の果て、子々孫々まで大迷惑の大間違いを犯してしまいましたね。

 「電力王」も、天で泣いていることでしょう。
 
 手遅れでなければ、
 どのようにして、
 次の世代に少しでもよいバトンを引き継げるのか?

 地球が滅びでも利権を守ることしか頭になさそうな人種が
 だれの目にも、たぶん子供たちの目にもくっきり浮き出た昨今ですが、
 それは、現実として認識しながらですね。

 「困難であるものを可能にする。」

 その言葉だけでも、すこしでも、真似できたら、よいかなという独り言です。

都心、今朝は、雨です。