『わたしは【私】』 | "「あなた」によって開かれる"

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「人生」とは、「かけがえのないもの」を探す為の旅です。

幼少期の辛い体験、恋愛依存症、幸せになれなかった最初の結婚、血液の癌に罹り、そこから復活したがんサバイバーとしての「生きる道」を綴ります。

皆様、こんにちは


筋肉痛を久々に味わう日々です

更新滞り気味で、すみません


【ご挨拶】プロフィール⇦初めて読んで下さる方へ

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私が人生の中で

ずっと探し求めていたこと

それが分かるまで

人生の半分以上が掛かりました


『わたしは【私】』

もうこのブログでも何度となく

色々な事柄を書かせて頂き、

"自分自身"を振り返りしてました

そしてつい最近

パチンッと弾かれる様に

この言葉の意味が

本当に腑に落ちて感じられました

私、実はまだまだ

自分自身を認めて上げられてなかったのでした

何でかというと

結局、まだまだ"何者かになろうとしていた自分"が居たのでした

お恥ずかしい話です

結局、何者かになろうとすればする程、

"今の自分を認められてない"

"何者でも無い私"

という事に氣が付きました


心の中は

『このままじゃ駄目だ』

『もっとこうしなければ駄目だ』

駄目だしのオンパレードだった訳です

そして何処かで『疲弊』していました

他の方に『自分に優しく』

『自分を褒めて上げて下さい』とか言ってながら

本当には自分が一番自分に優しく無かった訳です

そういう心は他の人にも伝染致します

世の中を見ていると

皆さんやはり躍起になって競争しております

我先に車を走らせたり

電車から降りる時も

我先に人を押し退けてまで先に行きたがり

人の波に飲まれそうになるのは当り前の毎日です

もしかしたら同調圧力の様に

『人よりも先を走らないとならない』と

感じられる都会に住んでいるからなのかも知れませんが……

そういった世界がとても苦手で

息苦しくなってしまうのに

都会に住んでいる事も

自分自身で居られなくなる所以なのだとも思います

元々

人と競争するのが得意では無く

それでも誰かや何かに認められたくて

必死に『頑張って』生きてきた様に思います


頑張るというのは"頑なに張る"と書きます

私一昨年の秋に榎木孝明さんの『古武術教室』に参加致しました

その時に言霊として

『頑張る』と言った後に榎木孝明さんがその方をチョンと人差し指で押しますと

グラグラ~っと後ろに倒れそうになります

『頑張る』という言葉は言霊としては良い言葉では無いんですよね

もしどうしてもお使いになられるなら

『顔晴る』をお使いになる様にお薦めしてました

(『顔晴る』と頭で転換してから言うと、チョンとされてもグラグラしませんでしたよニコニコ)


また少し、話が逸れました



これからの『私』は

何かになろうとする事はせず

『わたし』は

『私』で

それ以下でも

それ以上でもない

ただの『わたし』として


生きていきたいなぁと

そんな風に思っております





今日も得難い一日の始まりに感謝致します

お付き合い頂き、ありがとうございました🐲








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