優しくて繊細な人は

自分より相手を優先してしまう


優しくて繊細な人は

自分が悪いのだと思ってしまう


人に何か嫌なことを言われたり

されたりしても

自分が我慢すれば丸くおさまると

思ってしまう


そうやって

自分のことを後回しにしていると

我慢の限界がくる


その時はじめて

自分がとても傷ついていたこと

悲しかったこと

辛かったことに気づく


もう、これ以上

傷つきたくないという

思いが強くなり

心のシャッターが閉まる


そうなると

もう2度とそのシャッターは

開かない


心のシャッターが

閉まるまで気づいていたはず

本当は傷ついていた

本当はとても悲しかった

本当はとても辛かった


それでも

優しくて繊細だから

相手に嫌だったことを

話すこともなく

いつの間にかそっと

いなくなってしまう


優しくて繊細な人は

傷ついた人の心を癒せる

とても貴重な存在


そんな貴重な存在を

もっと大切にしてあげよう


あなたを粗末に扱う人とは

関わらないように距離を置こう

あなたが関わる人を選んでいい


心が疲弊する

元気がなくなってくる

そんな人とは距離をおこう


あなたの心を守るために



クリエイター

あやこ








ノンリアリティ(非二元・悟り)の世界で語られている

「私はいない」という話

私はいないから私がいるが体験できる

ノンリアリティ(悟り)という

世界を語れば語るほど

非二元ではなく二元の世界を

強化する


非二元と二元の世界は2つに

わかれているという錯覚におちいる


二元の世界は苦しみがあり

非二元の世界は苦しみから解放される

みたいな錯覚をする


ノンリアリティ(悟り)を体験した人を

悟ったり人と認識する

そこから悟る=人格者

悟る=すごい人

悟る=苦しみから解放され

ずっと至福を感じて生きていけている

みたいな幻想をいだく


悟り体験をした人は

一瞬、数秒、数分

「私はいない」世界を垣間見るが

垣間見た時にノンリアリティを体感する

結局自我が戻ってくる


苦しみから完全に解放される

わけではない


私たち人間は

悟り体験をしてもしなくても

いろんな感情が勝手に湧いてきて

いろんな出来事が起きてくる


それに対して

どのように対応していくか

考えや感情が湧き起こる


悟りを体験しても

ずっと悟った状態を維持できない


ずっと幸せを感じることもできない


ずっと満たされている状態で

いることもできない


幸せを感じられるのは不幸を感じていたから


満たされている状態でいることが

わかるのは

満たされていない状態があったから


二元の世界では

非二元の世界で言われる

「私はいない」は通用しない


「私はいない」を主張すれば

するほど二元の世界を強化する

非二元の世界と二元の世界が

2つにわかれていると錯覚する


私はいないから私がいるがわかる

というカラクリ

結局、二元であろうがなかろうが

起きてくる事に対応していき

いろんな感情を感じて

淡々と生きていくことには

変わりない


ノンリアリティの世界は

至福に溢れていると思っている

人には少し受け入れがたい内容だと

思います


自分はいない

行為者も存在しない

というノンリアリティの世界だけで

成り立つ言葉


二元の世界では

自分はいない

行為者も存在しないは

成り立たない



非二元の世界を語れば語るほど

非二元ではなくなってくる

非二元と二元の世界の2つが

存在しているという錯覚に

おちいる



結局はそのまま生きていけば

よかったんだという事が

何処かのタイミングで

わかるという事がおきるかも

しれない


そんな不確かな世界に

私たちは生かされている



クリエイター

あやこでした。


またね。














クリエイターあやこです

暑さが増していくこの頃ですが

熱中症にならないように

気をつけて日々を過ごして

いきましょう💕


「これが私」という固定された私は何処にも存在しないとは


「どういうこと?」


「これが私と思っているけどそうではないという事?」


などいろいろ疑問に思う事が

湧き出てくるかと思いますが


詳しく説明すると

ずっと生きてきて

「これが私」と思う瞬間があっただけで

それが持続していないという事


「これが私」と思った

しかし時間が経ったら「これが私」

という私は何処にも存在してないんだけどそれに気づいていないだけ

「これが私」と思ったけど

また別の「これが私」かもというものが

湧いてくる

一体どれが私なのかさえわからなくなり

「これが私」という固定された

私探しが始まる


固定された「私」は何処にも

存在していないので探しても

見つかりません


「それじゃ見つけないでいいってこと?」


見つけたいと思っているうちは

見つけようとする事も悪くはないですが

見つけられないものを

探し求めてると迷子になります


見つけようとしなくても

「これが私」というその瞬間

そう思った。思えた

という事です


私という私はいつも移り変わって

いきます。


お空の天気のように

晴れたり曇ったり雨になったり

台風のように吹き荒れることも

あります。


それと同じで「私」という存在も

固定されていないのです


固定されていない

固定する事は不可能

という事が腑に落ちた時



「これが私」という私探しが終わる

「これが私」に囚われなくなる


どんな「私」でも

「これが私」というものなのだと

わかるのです。


落ち込んだ私も

キラキラ輝いている私も

「これが私」なのです。



なーんだ

どんな私もそれでよかったんだ

その瞬間この私でしかいられなかった

という事がわかった時


「これが私」から解放され

囚われがなくなります


「これが私」という固定された

私などいない

だから固定された「私」探しはおしまいにしよう!


「私」という存在など

何処にもいないのだから

探し求めるのを諦めよう!


そうすると

固定されてない日々移り変わる

「私」がその時々その瞬間

いてるように錯覚してることに

気づけるかもしれない


なんかややこしい

表現になってしまったが

伝わっていたら嬉しく思う

この瞬間の「私」がいてた


クリエイター

あやこでした。

またね〜