雪の積もるふじ山

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適当に、ね?

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こんばんは、お久しぶりです。ふじっちです。

 

ずっと更新してなかったと思ってたけど、去年の8月になんか書いてましたね。いやぁなんか昔を懐かしんでたら色々面白いものを発見したので、なるほど僕も将来的に面白いものを残してやろうと思いました。

 

近況報告とかはめんどうなので省きます。

 

この前本屋で、『20代にしておきたい17のこと』みたいな題名の本が置いてありました。あ、僕この前20歳になりました。いぇい。で、確かこの本中高生ん時に読んだな、内容全く覚えてないけど、って思ってぱらぱら立ち読みしました。で、なかなかよいことが書いてあったと思います。これの隣に積まれてあった『20代にしておきたい100のこと』とかいう、どっかのW大の人が書いた本は微妙でした。で、話を戻すと、この本に書いてあった17のこと、僕なかなか達成してるじゃんとか思ってやはりワイは有能やな〜とか考えてたんですけど、じゃあなんでこの空虚感は消えないのだろうとふと思いまして。多分この17のことは後々の人生でそれなりに役立ちそうに見えるけど、今この瞬間を上手く生きる役には立たないな、と思いました。なんなんでしょね、『10代にしておきたい17のこと』を僕はやっておかなかったからこう今そのツケを払わされてるのでしょうか。いや、今がそんな悪いなんてことは全くないしむしろ良いのだけれど。で、17のうち、1つだけ心に残ってることがありまして、それが「よきメンターに出会う」でした。ちなみに「親友を見つける」ってのとは別に、これがありました。で、その項に「自分の成長に合わせてメンターは変わって行くもの。ずっと同じ人がよきメンターになってくれる訳ではない。」ってありまして、なるほど、と。5、6年前、今の僕と同い年ぐらいの人に恐らくメンターになってもらっていて、まぁそのことはおいおいいずれ時が来たら満を持して壮大且つ森厳と語らせてもらおう。でなんだっけ。そう、今の僕にはメンターが居ないな、と。メンターというか友人すら居ないが。

 

ところでIIT(1.0)の自分なりの解説とか乗せればこのブログも人集まるのかな。IIT(2.0)とかIIT(3.0)とかの解説を乗せてるブログはあるけど、1.0は見なかったなぁ。いやぁけど最近思うんだけど、ほんと1年前というか半年前ぐらいの自分愚かだったなぁと。今も十分愚かでそれを露呈しないよう頑張ろうと思うと何もツイートできない。どうもなんかもう駄目かもしれない。あらゆる事において他人を蔑むか自分を蔑むかしかしてないのだと思う。意識で制御しようとしても、膨大な無意識が勝手にそうしてる。性質の差異を認められない。程度の差異が上か下かで物事を測って、優越感か劣等感を得てるだけ。どちらを得ても、何にもならないのに。最近まで自分がそういう人間だと気づかなかったってのも、本当に恥ずかしいというかなんで生きてるんだろうとしか思わない。まだまだ自分じゃ気づいてないけど、最低な人格は尽きることがないだろう。やっぱり、ネット越しに誰かが何かをしてるのを見て、それにコメントするぐらいが僕に合ってるのかもしれない。人嫌いはつまり自分が嫌いなんだろう。他人と関わった時を振り返ると、どうしても最低な人格が居たことに気づいてしまう。完璧主義なんじゃないよ、ただもう自分という人間に飽きた。これまで生きてきて何があったんだろう、これから生きることで何があるんだろう。僕が大学へ行くこと、講義を受けること、ご飯を食べること、寝ること、呼吸をすることにどんな意味があるのだろう。なぜ意味を求めたいのだろう。それを探すための人生じゃなかったのかな。こういうことを書くつもりはなかったのに、自然と書いてしまった。体裁を保つのは疲れる。保たずにはいられない。これまで体裁だけ保って生きてきてしまったから、突然消そうにも消せない。結局寂しさを紛らわすために人と接してるんだろうか、僕は。色々こうやって考える自分が嫌いだ。こんなことを考えなきゃならないのは結局僕がそういう質の人間だからで、全てが嫌になる。誰かと話したくても誰も居ない、話したくない、唯一彼女しか居ない。

今日すごい人に会ったよ。高校生なんだけど、なんというか嫉妬したし死にたくなった。ほとんど話してないけど、直感的に色々と感じてしまった。自分でその才能に気づいてるか分からないから、お節介だろうけど何か言ってあげたかった。僕じゃどうやってもできないことをやり遂げるだろうなって確信。まぁいいや、もう。

 

眠いから寝よう。結局僕は何か変わったんだろうか、過去と比べて。それで、それに意味はあったのかな。これからどう生きればいいんだろう。上手く生きられるだろうか。いつまで耐えられるんだろう。心がしんどい。何時に始まった話でもないけど。

一年ぶりですね。
どうにか親友とは和解しましたね。えぇ、もちろん僕のせいだったんだけど。

まぁみなさん、なんか大変そうですね。そうでもないですか。

まぁさ、なんというか、無知は罪なんだけど、無知だからこその理想論はあるじゃないですか。その道の精通者からしたらなに言ってんだこいつ?みたいになること。
まぁ、安保じゃないけど、無知は罪なんだけど、それでもそれでもとりあえずは理想論を捨てないでいたいなと思います。ほら、新しい研究だってそうやって生まれてくるんだろうし。

僕は将来教員になる可能性が割とあるんだけれど、高校の頃の教員とちょっと先日議論しまして色々と思ったことがありました。
何年も教師してる人だし、その教科にはかなり精通してる人だからこそちょっとその人の考えが僕としては残念に思いました。
その人にとって僕が言ってることは理想論なのかもしれないけれど、それが僕の思う「在るべき教育の姿」なのである。
元は学問であったものが今や入試を突破するためのツールとしか捉えられてないのはほんとに悲しい。

将来はどうしよう。研究なんて頭のいい人達がやるものだと思ってしまっている。ポスドク問題も過酷だし…しかし何か新しいことを常にしていたいなと思っている。
無意識に、研究のことを意識してるなぁと思うんですよね。脳をやるなら化学を捨ててはあかんな、とか。脳をやるにしても神経科学的か量子や統計力学使う派かなぁとか。しかし物理学的に脳やってる人はうちの学部にはおらんなぁおいくそとか。
ま、研究するかどうかなんて修士に行ってから考えればいいんだからそれまでは自分の興味の赴くままに居よう、と思いました。

まぁ、才能なんてものは考えるだけ無駄だな、と思うようにしますよ。「俺には才能があるッ!!!」ならよいけど、この言葉は何かを諦めるための言い訳にしかならない。
あとは、謙虚にね。違う意見でも、謙虚に受け止めて、相手がなぜそう考えるのかを考える、と。

まぁ、今日はこのぐらいで。ではまた。

 1年前の自分に言っても信じないだろうけど、半年ぐらい前に突然親友のことを嫌いになってしまった。こんなことってあるんだなって感じ。まぁなんというか、こいつになら別に裏切られてもいいかなって思えて最大限の信用を置ける人に嫌われるんじゃなくて、自分から嫌いになるなんて思ってもみなかった。ほんと何が起こるか分からないね。自分が1番信用できないなって思った。

 最近は分からないことはよく考えないようになった。4年前の自分に軽蔑されるだろうけど、多分今が楽しいからだと思う。そういうことを考えなくなった自分を肯定するようになった。孤独感なるものが薄れてったからかな。自分の居場所ができた気がするし。

 それにしても文化祭出てよかったな。寝るか。