本日公開された『ふたり』[YouTube ver.]を観て、いつもの深読みしたい癖がムズムズと。
Twitterを拝見していたら、『Lifetime』と同じ監督だということをなんとなく感じていた方もいらっしゃったみたいなのですが、私は全然それを感じていなかったので、へー!と驚きました。
こちらのツイートも手がかりにして、早速考察に入りましょう!
そうは言っても、結構な回数を回した割に手掛かりが少な過ぎて、妄想で補った結果、大半が私の願望になっている気がします。
(各シーンの担当に合わせて歌詞の背景色を変えたかったのですが、残念ながら用意されたパーツでは赤とピンクの差がつけられませんでした……)
一つ最初にお断りしておきます。
今回のブログで使っている「カット」「シーン」という言葉ですが、映像業界で使っている通りの意味になります。
カットとは、カメラが回ってから止まるまで。
切り替えが入れば次のカットです。
カットが集まってシーンとなります。
このMV全体を、さらに上位の「シークエンス」と呼ぶこともできますが、これはただの余談ですねw
冒頭のジェシーのシーンですね。
歌詞で歌われているのは早朝だし、恐らくは都会にある家のベッドの中。(大穴で、比喩ではなくビルの隙間に身を寄せ合って座って朝を迎えている可能性も?)
一方で、ジェシーが立っているのは早朝にしては濃い青空の下で、風に翻る様子からして干されたばかりではない洗濯物の合間。
そう。洗濯物。尋常ではない数の。
服のデザインも抽象的というか、ジーンズやロゴの入ったTシャツではなく、同系色の服が沢山。
これは心象風景なのだ、と思います。
現実にしては違和感が強すぎる。
大量の洗濯物は、たぶん経過した月日を意味しているんでしょう。
詳細の曖昧な洗濯物は、自分の担当の家事ではなかったということだと解釈しました。
次の大我くんのシーンは、板付きではなく途中からフレームインするので、最初は吹き込む風と光を浴びる一輪の花に視線が誘導されているように思います。
ヒロインの「一花」を象徴している、と取るのはちょっと短絡的かな?
後で出てくる「一輪の花」だとしたら、ここは心の中ってことになるけれど、ちょっとまだ解釈しきれず。(後述しますが、心の中だとすると誰の?という問題が浮上してしまうのです)
花自体はピンクのガーベラに見えるんだけど、だとしたら花言葉は「感謝・神秘・熱愛・崇高美」だそう(花キューピッド )。
金髪きょもが崇高な美なのを脇に置いておくとすると、「感謝」が妥当なのかな?
ガーベラは四季折々に咲かせられるけれど、誕生花としては3月なので、窓から吹き込む桜とも合致しているかな?
このシーンの微かな違和感は、大我くんの足元。
爪先と踵を見ると室内なのに靴を履いている様子。
爪先の質感だけならスリッパかな?とも思ったんだけど。室内履き……?
あと、本筋とは関係ありませんが、間取りの話もしておきましょう。
奥の扉は玄関ではありません。
桜の花の吹き込み方からしても、ここは2階。
元建築科学生の立場から言わせてもらうと、(セオリーとして)2階の奥の部屋は主寝室なのです。
大我くんが通ってきた通路と扉までの距離から考えると、壁の向こうの部屋とは別の部屋があり、2階建てでその間取りとなると、かなり広い家ということになりそうです。
やや現実離れした感じのある家ですので、ここもまた心象風景なのかもしれません。
取り乱しましたが、割れた鏡については
『わたし』の考察 の方で一度「鏡とは心の象徴であり、そこに亀裂が入っていることで見えないものがある」という解釈をしています。
違う監督なのに、樹に割れた鏡を割り振っているのはどういう因果なんでしょうね?
どちらの歌詞にも鏡の要素がない以上、樹自身がクリエイターという人種に割れた鏡を想起させる何かを持っているとしか思えません。
次のカットでは割れていない鏡。
割れたら元に戻らない、という鏡の性質にフォーカスすれば、これは過去(割れる前)の記憶という解釈になりそうです。
ただ、このカットにも2つの大きな違和感が。
鏡の中から左から伸びてきているはずの女性の手は、画角的に手前にも映り込んできそうなのですが、鏡の中にしかありません。
そして、樹が女性の方を向いて右手を出していると思われるのに対し、伸びてきた手が右手というのが私にとっては2点目の大きな違和感です。
誰かと向き合って立っているときに、相手が右手を伸ばして来たとします。
あなたはどちらの手を差し出して応えますか?
相手が真っ直ぐ伸ばしてきたなら左手になると思います。
右手を出すのは握手をするように斜めに差し出された場合でしょう。
しかし、そうなると鏡の中の女性の手の親指が樹の小指より鏡側に来ていることがおかしいように思うのです。
つまり、この女性はその場にいるのであれば樹の方を向いていません。
恐らくは鏡の方向が正面になるような形で手を出しているのでしょう。
あるいは、これも「細部が曖昧な記憶」であり、女性はそこにいないのかもしれません。
髙地とバイク!!!
梅に鶯と同じぐらいの最高な取り合わせですね(?)
海辺に停めたバイクに腰掛け、何処か哀愁の漂う表情のこーち。
一見違和感はありませんが、バイクに乗る方ならこう思うのではないでしょうか?
「連れはどこだ?」と。
2つのヘルメット。
片方がミラーに、もう片方がハンドルに掛かった状態です。
運転するときに邪魔になってしまうので、どちらのヘルメットもこの場所に着いてから引っ掛けたもののはずです。
であるなら、2個目のヘルメットを被って一緒に乗ってきたはずの人が居るはずなのですが、人を待っている表情のようには見えません。
もっと、想い出を噛みしめるような顔をしているように見えないでしょうか。
ここまで何度も「心象風景」という言葉を繰り返して来ましたが、このシーンには細部の曖昧さがありません。
自分がよく知っているもの(バイク)だから、かもしれませんが、ここまでの3人とは別の理由があるのかもしれません。
北斗大写しパート。どーん!
ここのハーモニーいいですよね……。
きょもほく、声の相性に磨きがかかってませんか。
あまりに寄りの画なので、考察も何もあったもんじゃないのですが、そんなシーンでも妄想力は働きます。
これは、椅子に腰掛けて、机の上にあるものに手を伸ばし、何かを書こうとしているところです。
しかも、書くという作業が彼にとっては日常のように見えます。
日記や手帳を広げて何かを書き込んでいる動きだと思いました。
この時代にPCではなく手書きで文字を認めるのってそれだけで素敵ですよね……。
唐突に挟み込まれる手を広げるジェシー。
歌パートがジェシーということ以外の解釈はできていません。
歌い出し前の青空と、冒頭の曇りがちな空がこの画で繋がっている、というくらい?
ここまで出てきてないから、以外の説明がつかないタイミングで挟み込まれる映写機&たろぴ。
随分古い映像を観ているんだな〜、と思ったんですよ。
最初の再生時は。
でも、よく観ると映っている女性の手の隙間から見える光って、映写機の光そのものじゃないですか?
一瞬なのでよくはわからないんですが、子供の頃に見た親の姿とかなのかな、と感じました。
なんて儚く美しい大我くん……。
壁に寄りかかって、切ない感じに歌っているせいか、ここのフレーズに関しては、初めてラジオで聴いたときの印象とかなり違います。
懐かしく温かい想い出を語るフレーズだと思っていたけれど、お互いに相手しかいない状況で、必死に腕を伸ばして抱きしめ合う二人だったのかも……という印象に変わりました。
この慎ちゃん。
表情が凄くいいんですよね。
机の上にはマグカップが2つ。
ソファにも一人分のスペースが空いている。
足元は白いスリッポン。
きょものシーンでも注目したけれど、上質なラグを敷いた部屋の室内履きにしては少し違和感があります。
出ました。本作の文句なしに最高のカットです。
青空と雲の下に小さく映るこーち。
構図としてあまりに完成している。


どちらもターセム・シン監督の『落下の王国』から引用したシーンですが、言いたいことは伝わるんじゃないかな!
樹を服着たままバスタブに入れて濡らそう、って思いついた方、ありがとう!
バスタブについての考察は、もうちょい後で述べたいのでここは樹の爆イケビジュアルの話をしてもいいですか?(イイヨー!!)
このシーンの樹の横顔がまあ美しい。
ドリボ期で風磨との階級差を感じないように体作りを頑張ったのもあるかもしれないけれど、いわゆる英語で言うところのprofile、つまりおでこから鼻、唇、顎までのラインとついでに喉仏、ここが素晴らしい。
本人が雑誌のインタビューでフェイスラインを褒められると言っていたんだけれど、顔の輪郭よりこっちじゃないかな?
朝の情報番組で「用意されたシチュエーションが家だったから撮れ高が〜」みたいなことを言っていた慎ちゃんがいたらしいですね?
ん?ん?
シチュエーション的にも、表情の演技的にも、撮れ高抜群ですよ?
このシーン、オフガードな慎ちゃんが垣間見える気がして(もちろんお仕事で映像に映っているのだから完全な素ではないにせよ)、いつもの元気印で盛り上げ上手なSixTONESの末っ子、ではなくて、家族と話して一人称「慎」のときの慎ちゃんはこんな感じなんじゃないかな、と思いを馳せたらエモエモです。
監督から「レンズ見ないで!」って注文入ってるんだろうけど、ずっと誰とも目が合わない感じがとても良いの。シーン全部にコメントし終わったら深堀りしたいポイント。
床にぺたんと座った大我くん。
レースのカーテン越しの窓の外には満開の桜。
しかし、この窓めちゃめちゃ危険。
たぶん、建築学科の先生に怒られる。
普通は腰高窓って言って大人の腰の高さより上に窓の下枠が来るように作るんだけれど、これはそれがだいぶ低いように見受けられるので、うっかり落ちてしまうおそれが高いのです。
事故を予感させる窓、なのです。
そんなことは、一旦忘れて次のカットへ。
ガーベラの詳細がわかりますね。
スパイダー咲きと呼ばれる花弁が細いタイプかな。
そして、花舐めのアウトフォーカスで映ったボブの女性。
大人っぽく落ち着いた感じがしますが、どこか質量のない感じもします。
樹パートで映った腕の持ち主とは別人かな?という程度で、あまり判別ができません。
ここまでの私の解釈に従うなら、あまり拘りがない部分は曖昧に描かれている、ということになります。
歌詞の内容は、向き合って 泣き合って 抱き合った相手なのに。
アイドルだから、相手役がはっきり映るのは……という考え方もできますが、だったら顔が映らないように撮ることは造作もなかったはず。
となると、物語の登場人物のような、あるいは写真がなく、古い記憶の中にしか存在しない人物のような、そんな誰かなのではないかという気がします。
ところで、ガーベラの横に置かれているもの、なんだと思います?
青い四角いものとその上に置かれたアクセサリーのようなもの。
また後でこれの話に戻ってくるので、その時にも注目してください。
向き合って 泣き合って 抱き合って
あなたの名を
何回も 何回も 呼んでもいいかな
松村北斗とネコチャンのシーン。
こんなの全人類が好きに違いないんだよな。
そして違和感てんこ盛りのお部屋。
2つある窓の片方には遮光性の高いカーテン。
もう片方にはカーテンロッドのみでカーテンなし。
そんなことあります??
天井から下がる照明は、外が見える窓の近くがレトロなスズラン型のペンダントライトなのに対して、カーテン側はゴシックテイストの燭台。
カットが切り替わって、机に腰掛けて本のページをめくる手を止めてどこかを見つめる北斗。
その背後の暗闇には猫ちゃんの影がありますね。
さらにカットが入って床の赤い絨毯に寝転んだ北斗。
脇に置かれた水の入ったグラス2つはお揃いではなくて、片方は猫ちゃんのためのものなのかもしれない。
少し虚ろな表情で自分の右手を見つめているように見えますが、もしかするとその先に猫ちゃんがいるのかもしれない。
次のカットでやってくるのは裸足の女性。
北斗が寝転んでいるラグの手前で歩みを止めて起こさないようにしているのかと思いますが、足だけでは感情が読み取れません。
海辺のこーちは、片膝を立て、風に吹かれてイケ散らかしてますね。
バイクの上ではなさそう。
護岸壁の上かな?
きゅるんとしたお顔で映像を観ているらしい慎ちゃん。
机の上に置かれたマグカップは、前のシーンとの連続性を感じさせます。
はい、ここ!
カットでしれっと映り込むガーベラ。
きょものシーンですが、本人は不在。
なぜか差し込まれているこのカット。謎です。
二本の鍵が乗った青くて四角いお皿?
キーホルダーの趣味の違いから、恐らくは一緒に暮らす男女の合鍵。
男性の側は、少しテイストが幼いように見えます。
高校生よりもっと下。
中学生、もしかしたら小学生がつけそうな犬のモチーフ?
再び開放感あふれる屋上のジェシーのシーン。
眩しそうに空を見上げるカットに続いて、どこかを見ているジェシーの指に光る金色の指輪二本。
左手の中指と右手の小指。
もしかすると、ペアリングだったものを女性用で入らないから小指にしてるのかな、と思うけれどデザイン違いにも見えるので不明。
めちゃくちゃ長くなったので一旦ここまで。
(そう言って筆を置いた『夏の夜の夢』考察の続きが下書きフォルダを脱出する日は来るのだろうか)