南インドでは、労働事情は日本とまったく反対である。
職安(今ではハローワークというが)へ行っても大した仕事は見つからない。
特に物つくりに携わる仕事はほとんどない、、、といっていいだろう。
ところがここ南インドではどうだろうか。
多くのIT産業がビルを作り、それぞれのビルの中に数千人規模の社員を抱え込む、また自動車産業も盛んで世界中の車種が並ぶ。携帯電話など精密機器など今までは無かった産業も興り、若者たちは学歴を重ね、それらの企業に就職する。
今では、どこの家庭でも必ず一人は、IT企業の戦士がいたり、高額なサラリーをもらっている子供を抱えているといっても過言ではない。そんな若者で街には活気があふれている。 要するに人手不足だということである。
またそれをバックアップするために、たくさんの大学が建設され毎年数十万人もの卒業生を送り出している。
IT企業や自動車産業に従事するにはそれなりの学歴が必要であるが、いまやその学歴が無い人たちでも仕事には困らない。食堂やホテル、道路の延長や新交通システムの建設など公共事業にも働く場所はすぐに見つかる。
ここで言いたいのは別な問題である。 地元の学生全員がそれらの企業に就職してしまうと、零細企業には人が来なくなってしまう。いわゆる日本でも深刻な問題である。
先だっても、3Kに当る石材加工職人が集まらなくなったと書いた。石材に限ったことではなく、同じような社会の基盤を支える小さな町工場にも人は来なくなってしまったとも書いた。
しかし、今ではその問題も深刻さから開放されているという。
それは、アッサム州、ミゾラム州等北部の人たちがそれに流れ込んできているからである。
いまや彼ら無しでは、南インドの地場産業は動かなくなっているといっても良い。
一つの工場/農場では、数十人規模のアッサムからの出稼ぎが働く。
もちろん数百人規模の単位で働く工場もあるという。
彼らの日給は300円/8時間 薄給のため12時間の労働時間を約束させられるほど働き者である。 12時間で450円、そこから食事代50円ほどを引かれる。
食事代の半額は補助されている。その残ったものを現金ではなく、銀行口座へ振り込む。 故郷で待っている家族がそれを引き出して生活をする。
現場でどのくらいの人たちが着ているのかと聞いたら、数万人規模ではないかという。 中にはいやいあや数十万人が出稼ぎに来ている、、とまで言い切る人も要るくらいである。 人数はともかく、かなり多くのアッサム人(?)たちが南インドの産業を支えているのである。
インドレストランへ行けば、私たちに良く似たボーイやウエイトレスたちが出迎えてくれる。 キッチンにも同じような顔が並ぶ。 韓国レストランでも同じである。
歌舞伎町ではレストランなどで働くフィリッピンや中国人の人たちを良く見かける。
それと同じように、南インドではアッサムやミゾラム、ネパールなど北部の人たちに代わる。 それは南インドだけに限ったことではないであろう。
インドの地場産業を支える彼らの存在を忘れてはならない。
また、インドに進出を計画する日本企業も彼らの助けも計算しておくことである。
日給300円(150Rs)はまだまだ魅力な数字であるだろう。
もちろんこれは寝言ではない。