膵臓がん発症後 7年目 | ワタクシ膵臓がんになりました

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2014年2月にすい臓がんステージ4bを宣告されてからの闘病と、がん細胞がなくなっていった様子を。
そして、その後の状況をお伝えしています。
ステージ4bから復活できる事を伝えることで、どなたかの役に立つかもしれないと色々綴ってます。
生きてれば色々起こるしね。

2021年3月18日

 

久しぶりの更新です

みなさまお元気でしょうか?

 

2014年2月22日

膵臓がんで目が緑になったのをきっかけに

緊急入院してから7年が経ちました

 

その間色々ありました

仕事復帰できて

ポート抜いて

時々熱出して入院したり

骨折で入院したり

世の中は今コロナ渦に巻き込まれている

 

もう7年か

ようやく7年か

 

2014年2月22日

”膵頭部がんリンパ節及び肝臓多発転移”

と判明し

4月に入院して抗がん剤フォルフィリノックス

17クールで耐性がついたのが2014年11月

大きさにして1.8センチだと聞きました

”たったそれっぽっちか”

そんな感覚だったのを覚えています

耐性がついたことよりも、フォルフィリノックスをもうやらなくていい

変な安堵があった

 

2015年1月からアブラキサン+ゲムシタビンを約1年

フォルフィリノックスより全然楽だった

今はオニバイドでしたか、また新しく認可された薬がありますね

 

3種類の抗がん剤の強さをボールに例えた記事を読んだことがあります

オニバイドがピンポン球とすると

アブラキサン+ゲムシタビンはバスケットボールくらい

フォルフィリノックスはボーリングの球

 

納得

 

それほど私にとってはフォルフィリノックスの副作用はしんどかった

気持ち悪いのが一番キツかったけど

味覚障害もしんどかったな

美味しくないのね、何食べても

でも食べられるものを色々お試しで買ってきてくれた旦那に感謝

一番忘られないのは最初の抗がん剤が終わった後にどうしても食べたくなったスイカ

まだ4月の終わりだったから

簡単に手に入らなかっただろうに

なんとか持ってきてくれたそのスイカの味は一生忘れない

カロリーはあんことアボカドに助けられてた気がします

あの頃の体重は今より10キロくらい少なくて

100メートル歩いたら20分寝ないと次の100メートルが歩けなかった

今は遅いけど走れるようになるまでになって

言っても私が膵臓がんサバイバーだなんて信じてもらえないくらい普通に見える

すごいね、走ってるよ私!

 

2020年に認可されたオニバイド

薬が新しく出るということはそれだけ時間に余裕が生まれる

 

ありがとう医学

ありがとう先生

ありがとう病院のみなさん

ありがとう薬

 

そんなソフトボール級の抗がん剤のおかげで画像診断ではがんが見えなくなって

内科の主治医から外科の受診を促され

外科の先生に腹腔鏡にて転移していた肝臓と

腹部を検査してもらうことにして

検査した結果で肝臓のがんはなくなっていた

あとはもうお腹を開いてみないとどうなっているのかはわからない

そんな話になって・・・

社会復帰するためには体からがん細胞がないことを証明したくて

手術することに決めた

 

2016年3月膵頭十二指腸切除

 

術前説明時の外科の先生が書いた内臓の絵が

ものすごくお上手だったのが忘れられない

逆さまに書いてるのに

すっごくすっごく上手すぎて目を奪われました

 

手術の日の朝

内科の先生と外科の先生が病室にきてくださって

多分もうなくなってると思うんだよねって一言を覚えています

私もそう思っていたから

その言葉にパワーをもらった気がしました

こういう時のドクターの言葉って大きい

私のサバイバー友達Mちゃんのドクターは ”大丈夫” という一言を言ってくれないらしい

大丈夫という言葉じゃなくとも

前向きになれる言葉を言ってくれるだけで患者はパワーアップするのにな

言ってあげて欲しいな。。。

せめて緩和のための放射線治療してる彼女から

どうか痛みを取り去ってあげてください。。。

 

手術は無事終わり

3日間ICUで痛みと闘い

麻酔が切れちゃって、激痛と戦う数時間はそれはもう地獄だったけど

麻酔を追加してもらってから、すっと痛みが消えたのが不思議だったっけ

4日目からはくしゃみと咳を絶対にしないよう気をつけながら

一般病棟の廊下をぐるぐるリハビリで歩きまくりました

体にいっぱい管つけながら

でも日が経つにつれて管から解放されていくのが嬉しくて

自由になっていくんだなって思ったわ

 

切除した臓器からは

がん細胞は見つからなかった

 

本当に消えてた

思った通りだけど

妙に納得して

外科の先生に”切らなくてよかったって思わないでね”

って言われたのを覚えてる

もちろんそんなこと思いませんよ

切ってもらって確定してより一層の安心をいただきました

外科に回す判断をしてくださった内科の先生にも感謝です

いつも周りに助けられてる

 

この一言に尽きる

 

ありがとう

 

二週間で退院して

予防的に抗がん剤治療を5ヶ月

2016年11月で終了

 

終わったのか?

終わったのね?

これでもう自由なのね?

 

それから半年ほどで社会復帰して

その後2017年2月にポートを抜去して

あぁそれも癒着しまくってて大変だったっけ

それでもなんとか体からポートを取ることで

本当に全てから解放されたそんな気持ち

 

その後再発はなく

そりゃあ、胆管炎になったり

謎の熱が出たり

ついこの間は貧血で輸血して入院したり

足の骨折って長期入院もしたりして

 

色々あり過ぎってくらいあり過ぎてるけど

 

無事

少しずつ前に進んでるよね

きっと

前がどっちかわからないけど

たまに逆走してるのかもしれないけど

それでも生きてる

ありがたい

 

世の中はコロナ渦となり

重症化しやすいリストに入っているらしいから

必ずマスクして

外から帰ったら手洗いうがいは絶対

 

スーパー以外は人混みは避けています

 

今は足のリハビリもあって

健康を気遣っています

この間の月曜日、2ヶ月ぶりの外来もあり

少し負荷をかけたほうがいいとのことでジョギングも追加しました

3〜5キロゆっくり走る

びっこを引いているのかは自分では分かりませんが

ビッコにならないよう気をつけながら

膝に負荷がかかるとそれなりに痛いけど

ゆっくりゆっくり時速5キロくらい

でも自信になります

 

足の曲がりはお風呂ではすごく頑張って正座はできるようになったのですが

先生は畳の上でも正座ができるように続けるようにとおっしゃいます

足の曲がりが不安定の状態ではまだプレートとボルトを抜く手術はできないと。。。

 

そうか、畳の上でもやるのか。。。

畳の上はものすごく痛いです

浮力がないから?

足が暖かくないから?

少しずつやろう

 

診察前にレントゲンを終え、外来に向かうときに

偶然のびちゃんに会いました

頑張れば正座できるようになったことなど話しましたが

相変わらず忙しそうだったので

次の外来ではお邪魔しに行かないよ

ありがとうね

おかげさまで真っ直ぐに歩けるようになったよ

 

さて

 

外は桜が咲き始め

暖かくなって参りました

 

 

 

 ソメイヨシノが咲き始めました

ブルーにピンク、好きな組み合わせ

テンションが上がります

 

私もそろそろ動き出そう

 

動けるようになったありがたみと共に

生きていることを実感するために

私にできることをしよう

 

ありがとう!!

 

笑顔でがんばります!

 

 

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