参加からだいぶ時間がたってしまいましたが、人生初のフルマラソンを振り返ってみます。

 

私が参加したのは、2025年10月の横浜マラソンです。


ランニングを始めて、ちょうど9ヶ月ほどの時期でした。

 

本来なら初フルマラソンのいい思い出として書きたかったところです。

しかし、残念ながら私にとってはそうではありませんでした。

 

このとき私は、右内転筋の肉離れから2ヶ月ほどしか経っていませんでした。


リハビリをしながら少しずつ走れるようにはなっていましたが、当然まだ十分に回復していたわけではありません。それでも、

 

「なんとかなるだろう」

 

という根拠のない自信で出場しました。

 

レース計画も雑で、

サブ4ペースで行けるところまで行って、
後半きつくなったらペースを落とす。


最後はなんとかゴールする。

そんな計画でした。

 

怪我を抱えていたのですから、

「どの症状が出たらDNFするか」


「どこでやめるか」


「そもそもDNSにするべきではないか」

を考えておくべきでした。

 

しかし、そのときの私はDNFを考えられませんでした。


DNSでもよかったはずなのにそれも選べませんでした。

結果として、怪我を悪化させました。

 

最終的にはゴールにたどり着き、完走メダルも受け取りました。


記録は4時間55分52秒でした。

 

しかし、これを「完走」とは呼んではいけないと思います。

走り切ったわけではないからです。

途中からは、歩いて、少し走って、また歩く。
その繰り返しでした。

最後まで心臓も肺も元気でした。
でも足はボロボロでした。

 

ゴールしたとき感動はありませんでした。
ただ情けなくて悔しかったです。

 

振り返ると、失敗がたくさんありました。

睡眠不足


寒さ対策の不足


移動計画の甘さ


会場の混雑を見込めていなかったこと


トイレ計画の甘さ


準備運動ができなかったこと


スタートブロックでの位置取り


怪我を抱えているのにペースにこだわったこと


痛みが出てもDNFできなかったこと

一つ一つは小さな失敗に見えるかもしれません。

しかしそれらが積み重なって、最後は大きな失敗になりました。

 

レース中特につらかったのは、膝の痛み、ハムストリングとふくらはぎが攣りそうになる感覚、そして右内転筋の痛みでした。

右内転筋をかばって走ったことで、膝の外側や他の筋肉にも負担がかかったのだと思います。
高速道路の登りやアップダウンでも、かなり脚を削られました。

 

この経験から一番感じたのは、

フルマラソンは勢いだけで走る距離ではない

ということです。

 

42.195kmを歩かずに走り続けるには、それだけの体を作る必要があります。

・速く走る前に、まず止まらずに走る

・ペースを狙う前に最後まで走れる脚を作る


・そして何より、怪我をしていない状態でスタートラインに立つ

当たり前のことですが、これが一番大事なのだと思いました。

 

私の初フルマラソンは、成功体験ではありませんでした。

しかし、今後何をしなければいけないのかを教えてくれた経験ではありました。

 

詳しい当日の流れや、どこで何を失敗したのかは、新ブログにまとめました。

▼詳しい記事はこちら

 

みなさんは、初フルマラソンでどんな失敗をしましたか?

怪我を抱えたままレースに出て、
「出るべきではなかった」
と感じた経験はありますか