「生きている死者からの手紙 6」
「生きている死者からの手紙 6」(1914年の出版、ノンフィクション) エルザ・バーカーによる記録 金澤竹哲・訳序文(5) もしも誰かが、私自身、手紙は見えない世界からの真実のものと思うかと聞くのなら、私はそう思うと答えたい。私が知るはずのない個人的で、かつ注意深く触れられた部分や言及については、真実であると分かっている。心理学者たちの好きなテレパシーの可能性は残っている。しかし、もし手紙が私にテレパシーで届けられたのなら、誰がそうしたというのだろう? 多くの手紙を書いているときに一緒にいた私の友人ではない。なぜなら手紙の内容が私同様、彼女にとっても驚きだったからだ。 しかしながら、この本が科学的だと言うつもりはない。科学は実験と証明を求めるからだ。彼が死んだことを知らず、ま「X」氏が誰かも知らなかった状態の時に「X」氏と署名された最初の手紙を除けば、この本は、心理学者の言う「実験と再現という条件」を満たしてない。肉体の死の後に魂が存続するという証拠になるかと言うと、それは読者個人の性格や体験、そして内容が真実であるかについての内なる確信によって、受け入れられたり、拒否されたりするだろう。「X」氏がいなくなれば、あるいは宇宙の見えない世界の誰かで、彼同様に信頼できる実体がいなければ、私がこの種の記録を書くことはもうないだろう。無分別な霊媒という存在について、私はまだ強くぬぐいがたい偏見を持っており、妄想と欺瞞という危険がともなうことを理解している。しかし「X」氏とパリの友人への信頼がなければこの本は生まれなかった。また、見えない世界の著者や目に見える霊媒、どちらについても疑いを持てば両者ともに機能を麻痺させることになり、この手紙は生まれなかった。 手紙が私個人に及ぼした影響とは、私がこれまで抱いていた死への恐れを完全に払拭してくれたことであり、また不死の信念を強めてくれ、死後の世界が太陽のもとのこの世界同様に現実的で活気に満ちたものと信じさせてくれたことだった。もし手紙が、私にしてくれたように、ほかの人にも高揚した不死の感覚を感じさせるのなら、私は苦労が報われたと感じるだろう。 なぜこんな本を出したのかと私を責める人には、私は常に世の中に最善のものを提供しようと努力してきたし、手紙は私の最良の作品のひとつだと伝えたい。