「生きている死者からの手紙 24」
「生きている死者からの手紙 24」(1914年の出版、ノンフィクション) エルザ・バーカーによる記録 金澤竹哲・訳健康長寿&安楽死を、正心調息法&らくらく毛管運動で実現しましょ。https://www.youtube.com/watch?v=TkUHQtQVZFc&list=PLbPRSTyFexIqLs9eYPCF84D4nS62I20vURaku Raku Workout (らくらく毛管運動)手紙17 霊界で出会ったふたりの妻(1) 私はしばしば、他人の問題を裁くために呼ばれる。多くの人が私を「判事さん」と呼ぶが、ここではふつつ、私たちは地上にいた時の名前で呼ばれる。 男女が、ありとあらゆる問題を抱えて私のところに来る、倫理の問題、利己主義の問題、論争まで持ち込まれる。君はここでは争いがないと思っていただろうか? たくさんある。長い長い時間のかかる争いもある。 宗教に関して意見が異なると、論争は火を噴く。地上と同じ信仰を持ってここに来て、理想が目に見える形で、望むとおりのことを体験できるのだから、対立する教義の者たちはかつてないほど相手に不寛容になってしまう。自分が正しくて、相手が間違っていると確信している。このような頑迷な態度は、ここに来て間もない者に多い。しばらくすると、彼らはより寛容になって、自分自身の生き方を始める。おのおのが自分で築いた世界を楽しむようになる。 君に私に裁くことを求められた問題の具体例を教えよう。 地上にいた時に、同じ時期ではないが、ひとりの男と結婚した2人の女がいる。最初の妻が死に、男は新しい妻と結婚した――1、2年も経たないうちにだ――その男と妻がこちらに来た。最初の妻は、自分が男のたった一人の妻だと考えており、彼の行くところはどこへでもついて行く。彼女は、彼が天国で会おうと約束したと言う。彼は最初の妻にはまだ愛情を感じていはいるが、二番目の妻のほうへ気落ちが傾いている。最初の妻は物分かりが悪いと苛立っている。彼はある日、自分が関心を持つ研究を始めるために心安らかでいられるなら、ふたりとも要らない言った。彼らは私がここに来て強くなってから会った人たちであり、彼が私と一緒にいたがるので妻たちも夫と一緒にいようとやって来ていた。 ある日、3人がやって来て問題を持ち出した。――というより、一番目の妻がそうしたのだ。彼女は言った。 「この人は私の夫です。ですから、彼女は去らせて、夫は私のものにすべきでしょう?」 私は二番目の妻に、何か言い分はありますかと聞いた。その答えは、ここでは夫以外に誰も知らないし、自分が最後まで妻だったのだから、夫は相手の女のものではなく自分のものだ、というものだった。 その瞬間、聖書のサドカイ派の人々が同じような質問をキリストにしたという記憶が蘇った。そこで覚えている限り忠実にキリストを引用した。「彼らが死者から復活させられる時、彼らは結婚することも、嫁に行くこともない。天国の天使のようになるのだ」 私の答えは、彼らの質問が私には衝撃であったように、彼らにも衝撃だったようで、考えてみますと言って離れて行った。