九紫火星で八方塞がり、大凶の日大内田監督が四面楚歌です。

 わたしは報道を見ていて、「こんな人が」と思いました。

 こんな人が悪魔になってしまう、悪魔はふつうの人の顔をしている、ということです。

 これについて、記事を書いています。2013年5月19日の記事です。

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【慰安所の実態を国民に報じないマスコミ】

 3・11の大災害報道で、死体ひとつの映像も写真も伝えなかったのが日本のマスコミ。デンマークのドキュメンタリー映画で、アフガン戦争の実態を報じた「アルマジロ」とは大違い。こんな調子では、戦前の新聞同様、世論をミスリードし、国を滅ぼしかねない。
 世界からひんしゅくを買っている慰安婦問題もそうだ。人口が減り、かつ超高齢化してゆく日本の経済政策の目玉のひとつは観光立国。慰安婦問題は大きなイメージダウンであり、国益を損なっている。
 当時、何があったのか? 慰安婦とは何だったのか? 慰安所の実態はどうだったか? 事実を報道しないから、日本人すら正しい判断ができなくなっている。

◎必読書、「兵隊たちの陸軍史」(伊藤桂一)

 この問題には必読書がある。「兵隊たちの陸軍史」(伊藤桂一著、新潮文庫)
 本書は40数年前に、現代史を多角的に捉えなおすために大宅壮一氏が企画した「ドキュメント=近代の顔」シリーズの第1巻として刊行された。戦争を正しく理解するための入門書という狙いであり、大宅氏が「1巻目のテーマは戦争。戦争ならば著者は伊藤だろう」と、著者を指名した。
 冷静な筆致で、事実がたんたんと記述されていて、兵隊たちの実態が良くわかる。今日、知識として読み込むべきは239ページ以下の「戦場と性」で指摘された数々の事実だ。

<日中戦争までは、戦場に異性は存在しなかった。
日露戦争時に”火筒の響き遠ざかる”という「婦人従軍歌」ができたが、看護婦は広島へ赴いただけである。これにくらべると、日中戦争以降、看護婦はもちろん、多くの慰安婦たちが、兵隊とともに前線へ出動した。ことに、慰安婦こそは戦場の花である。
 最初の慰安所
 日本軍の慰安所がはじめて開設された当時の模様について、麻生徹男軍医(福岡市の医院長)の記録があるので、それを転載させて頂くことにする。
 「昭和十三年の初め頃、当時上海派遣軍の兵站病院(院長は高宮福海町の鵜沢先生)の外科病院に勤務していた私へ、軍特務部より呼出しが来た。なんでも婦人科医が必要であるとのこと。
 当時大場鎮の激戦のあとで、日夜戦傷病者の治療に忙殺されていた時ではあるし、又そのころまでの常識として戦場と婦人科医との関係など、毛頭も連想がつかなかった。とりあえずもう一人の婦人科医と出かけて行った。命令に曰く「麻生軍医は近く開設せらるる陸軍娯楽所の為、日下其美路沙径小学校に待機中の婦女子百余名の身体検査を行うべし」と。
 直ちに私ら一行、軍医、兵隊それに国民病院の看護婦二名を加えた十一名にて出かけた。これが日支事変以後大東亜戦を通じて、兵站司令部の仕事として慰安所管理の嚆矢となった>
<かくして上海軍工路近くの楊家宅に、軍直轄の慰安所が整然とした兵営アパートの形式で完成した。
 その慰安所規定に曰く、
 一、本慰安所ニハ陸軍々人軍属(軍夫ヲ除ク)ノ外入場ヲ許サズ。入場者ハ慰安所外出証ヲ所持スルコト。
 一、入場者ハ必ズ受付ニオイテ料金ヲ支払イ之卜引替二入場券及ビ『サック』一個ヲ受取ルコト。
 一、入場券ノ料金左ノ如シ
 下士官兵軍属金弐円
 一、入場券ノ効力ハ当日限リトシ若シ入室セザルトキハ現金卜引替ヲナスモノトス。
 但シ一旦酌婦二渡シタルトキハ返戻セズ
 一、入場券ヲ買求メタル者ハ指定セラレタル番号ノ室二入ルコト。但シ時間ハ三十分トス。
 一、入室卜同時二入場券ヲ酌婦二渡スコト。
 一、室内二於テハ飲酒ヲ禁ズ。(相手を酌婦と呼びながら飲酒を禁じているところが面白い)
 一、用済ノ上ハ直チニ退室スルコト。
 一、規定ヲ守ラザル者及ビ軍紀風紀ヲ紊ス者ハ退場セシム。(この項は特に傑作であろう)
 一、サックヲ使用セザル者ハ接婦ヲ禁ズ>
 慰安婦たちの心情、兵隊の気持ちも記述されている。その上で、軍隊というものの恥ずべき実態も、事実として暴露されている。250ページ。
<これはビルマ(現ミャンマー)での話だが、某兵団で、どうしても強姦事件が絶えないとみて、内々に強姦を認めた。軍務六年、七年という兵隊は、除隊即日予備役召集という形で、一度も内地に還れず戦場に在る。この兵隊たちに、軍紀厳正、強姦必罰というような公式は、いかに軍隊でも押しつけられなかった。しかしビルマは親日国で、かつ民衆は熱心な仏教徒であり、強姦などは行えない。残された方法は証拠の湮滅??つまり、犯した相手をその場で殺してしまうことであった。これによって事故は起らなかった。殺さねばならぬ、という責任が兵隊をひるませたか、それともつねに殺しつづけたから表面の問題化しなかったか、そこまではわからない。
 ところが、一婦人が暴行された、と軍へ訴え出てきた。裾をまくって犯される形までしてみせた。やむなく調査したら、兵長以下三名の犯人が出てきた。かれらは顔を覚えられているし、三人で輪姦した、と白状した。
 准尉が「なぜ殺さなかったか」ときくと、三人は「情に於てどうしても殺せなかった」といった。よって軍法会議にかけられ、三人とも降等され、内地に送還された。一方では強姦したら殺せ、といい、一方では、発覚すると厳罰がくる。奇妙な軍隊の規律である。ビルマでは一兵も惜しい戦況だったが、軍はあえて法を通したのである(降等されて、内地送還、入獄というのは、当時としては極刑であり、おめおめと家郷へはもどれないのだ)。
 ところが戦況益々不利に赴いて、遂に日本が敗戦した。准尉は三人の罪を軽減させたいために、法廷で多くの偽証をしていた。戦後准尉は、内地へ還って三人と会った。三人は現在も、准尉に深い恩義をかんじている。三人は、ビルマ婦人に情をかけたため厳刑を受けて追放された。しかしそのために、悲惨なビルマ戦の渦中をのがれ、結果としては助かったのである。性に絡む、微妙な運命の作用というべきである。
 さて、身体を賭けて、前線で稼ぎぬいた慰安婦たちは、最後にはどうなったのだろうか。かりに金を残したとしても、重なる不摂生に心身ともに荒れ果てて、そこには女としての残骸しか残らなかっただろうか>
 そして、自身も兵隊であった伊藤桂一氏は、日本陸軍の実態をこうまとめた。
<焼く、犯す、殺す??という所業は、戦場における三悪である。日中戦争初期においては、この種の事例がかなりあったことを認めねばならない。それ以前の戦争や事変においては、日本軍はよく戦場でのモラルを考えていて、いたずらに暴挙に走らなかったのは、既述した北清事変での記録などが証明している。
 戦場で、焼く、犯す、殺す??という悪事が行われるのは、戦闘によって同僚が殺され、その怒りが敵や、敵地の民家に向けて発散されるからであろう。しかし外地に遠征し、その土地の民衆の支持を失うことが、いかにマイナスであるかは末端の兵隊にもわかることであるのに、積極的に戦場でのモラルを確立しようとする動きは、日本軍において稀薄であったといってよい>
 そして、石川達三氏の「生きている兵隊」には、狂犬と化した如き日本兵の実態が描かれている。
 また戦前の軍の事情に通じた日本人の知識人たちの多くも、こうしたひどい実態を常識として認識していた。
 昭和7年の五黄土星の年に起きた5・15事件で、日本には軍が権力を握る体制ができた。そしてマスコミは軍の言いなりになって国民を戦争へと駆り立てた。昭和13年になぜ、慰安所が必要となったのか? 兵隊たちを戦地から国に帰らせず、安月給で戦わせるためだ。
 しかも、若い兵士を安月給で戦わせるという実態は、現在も変わらない。
 共同通信が数年前にイラク戦争当時の米軍兵士の給与を記事にしていた。
<イラク戦争に参加している米軍の最下級兵士の年収が1万5500ドル(約186万円)であることが28日、分かった。国防総省の俸給表を調べた米人材サービス会社チャレンジャー・グレイ&クリスマスがまとめた結果で明らかになったもの。フランクス米中央軍司令官の年収も約15万4000ドル(約1850万円)となっている。(中略)
 調査を担当したチャレンジャー・グレイ&クリスマス社のジム・パダーソン氏は「命の値段があまりに安い」と指摘する。
 共同電によると、今回明らかになった最下級兵士の年収1万5500ドルは、米政府が「貧困」の判断基準とする3人家族の年収をわずか220ドル(約2万6400円)上回るだけ。大卒の米国人の平均年収4万5678ドル(約548万円)=99年調べ=の34%にすぎない>
 日本軍の兵隊の給与もべらぼうに安かった。そして、安月給で休暇もとらせず戦わせるために必要だったのが慰安所だった。これは恥ずべき事実であり、こうした事実を常に認識しておく必要がある。だが、今日のマスコミは伝えない。五黄土星の今年、またも国をミスリードしようとしているのではないか。

【資料】昭和12年に予言されていた敗戦
 昭和の初期から敗戦に至るまで、世界一と言っても過言でない活躍をした霊能者&治療家がいた。松下松蔵氏だ。本紙はそのお孫さんを訪ね、松下氏に届いた感謝の手紙が押入れ一杯に積み上げられているのを確認した。
 その霊力は、塩谷信男医学博士も脱帽したほどのものであり、「主婦之友」や九州の新聞では大きく報道されたものだった。
 松下氏は信者にいくつか重要な予言をしていた。たとえば昭和12年10月27日。この年の7月7日に起きた盧溝橋事件で日中戦争が泥沼となりつつある頃、ある信者にこう言った(翌年、軍は慰安所を開設)。
<いよいよ日本も、アメリカに負ける時が来る。負けたら前にも度々云っていた通り、その時になって、国を治めて居る役人達が、じたばたしたって何になるかな。日増しに国は乱れるばかり。叉人間の考え方が変わってしまって、恐ろしくなってしまう。それで、私は、このように毎日そればかり心配して居る。
 貴方も知って居る通り、今日まで二十余年の長い間に、私のいうことを信じ、天津神様に御すがりし、道も踏んで居る者の中には、相当御力も頂き、指導の任に在る者も居るけれど、私の見るところでは、各々が、大変偉くなってしまって、自分一人が、一番偉いと考えて満足して居る、誠に情け無いと思う。どんなに偉い人間でも、国を建て直す様な大きな仕事をするには、一人一人の力では思う様には絶対いかん。真の協力者がなければな。昔、毛利元就と云う武士が、子供に話したことを知って居るかな。叉三味線は、三筋の糸が、ちゃんとそれぞれ揃わなければ、良い音は出ないだろうがな。
 私の云うことが解るかな。将来、時が来て、機会があったら、真の協力者を求めて、私の気持を伝え、天津神様の定められた道即ち人間の踏み行う四大道の実行を、一人でも多くの人に知らしめ、実行せしむる様頑張らなければな。人間の真が、神様に通ずれば、いつでも手数もでき、加勢もできる。この事は、何時までも何時までも忘れぬ様に>
 日本がアメリカに負ける理由も予言していた。信者たちに、昭和16年1月、こう言った。
<今年の十二月に、日本とアメリカは戦争をする、この戦争は四年続く、最初一年は、日本が連戦連勝するが、武器で戦っていては負ける、日本人が心から「神様!」と願えば神の力が現われて、勝つ事ができる。
 アメリカ人の方が、神様を拝んでいるからな?>
 松下氏の予言は正確に的中した。確かに当時は、アメリカ人の方が神様をおがんでいて、軍の規律も守られていたからだ。この予言からも、今日の日本の政治家やマスコミの有り様では、大変なことが起きるだろうと予見できる。日本はいま、危機的状況を迎えつつある。