小津安二郎監督の生誕115年記念企画ということで、小津監督の代表作7本が4Kデジタル修復版で特集上映されていた。残念ながら名古屋の上映館ミッドランドスクエアシネマでは「4K」ではなく「2K」での上映ということでしたが、そのあたりの知識に疎い私としてはよくわかりません(汗)。画像も音声も良かったのは間違いないです。それにシネコンの天地サイズの広いスクリーンで見るスタンダード映画は、ミニシアターの窮屈さに慣れた目には実に新鮮でした。

 

今回劇場公開された小津作品は、DVDでの鑑賞を含めれば全7作品を見ています。その鑑賞時の印象からスクリーン鑑賞をしたい作品で、スケジュールの合う映画を2本見ましたが、できればもう少し見たかったです。鑑賞作は1956年公開の『早春』と小津作品では最後のモノクロ映画『東京暮色』(1957年)。劇場はミッドランドスクエアシネマ2(シニア当日1,100円×2)。グッド!

 

小津4K  「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」公式サイト

 

早春

『早春』(1956年、監督・脚本/小津安二郎、脚本/野田高梧、撮影/厚田雄春、美術/濱田辰雄、編集/浜村義康、音楽/斎藤高順)

 

杉山正二(池部良)は蒲田から丸ビルの会社に通勤するサラリーマン。子供を病死させて以来、妻の昌子(淡島千景)とは気まずい関係で、何をするにも無気力な様子。ある日、通勤仲間の親しいグループで江ノ島へハイキングに出かけ、同僚の若い女性(岸恵子)と親密になります。やがて同僚の見舞いに行く予定だった夜、彼女と出会い一夜を過ごすことになる。

 

二人の関係は、やがて通勤仲間にも知れるようになり、勘のいい妻・昌子も夫の浮気を見破り、家を出て行ってしまいます。そんな折、同期入社の同僚の急死の報があり、さらに杉山本人へも地方工場への転勤の話が出てくる。東京での一人住まいのわびしさと、サラリーマン人生の悲哀を感じる杉山ですが、やがて転勤の辞令を受け入れて一人で岡山へ向かう…。

 

早春

 

戦後、映画製作が再開されてほぼ1年1作のペースで作品を撮っている小津安二郎監督ですが、1953年の『東京物語』完成後には2年のブランクがあります。この『早春』はそのブランク直後の作品で、公開されたのは1956年の1月。東宝のスター俳優・池部良を招き、松竹の看板女優となった岸恵子が共演しています。お二人にとっては唯一出演した小津作品です。グー

 

子供を亡くした夫婦の倦怠感と、夫の浮気による夫婦の危機を描いた作品といえますが、シリアスな内容の一方で、妻・昌子の母親(浦辺粂子)のキャラクターや、戦友たち(加東大介、三井弘次)の酔っ払いシーンなど、所々に喜劇的な要素は織り込まれています。ただ、全体のトーンとしてはシリアスさが色濃いです。敗戦や子供の死という経験の影響もあるのでしょうが、復興していく社会の中でサラリーマンとして生きる主人公の悲哀のようなものも伝わります。

 

以前に本編をDVDで見た時は、池部良の二枚目ぶりや岸恵子の溌剌とした美貌に目を奪われました。二人が男女の関係になる描写を、壁に掛けられた衣類のワン・ショットでイメージさせるあたりも感心しましたが、現代の若い観客がどう受け止めるかは気になるところです。

 

映画の終盤、岡山の下宿先に戻った杉山の目に入る、壁に掛けられた女物の衣類と脇に置かれた荷物。浮気シーンで使われた手法が、シチュエーションを変えて使われます。全編を通して不機嫌な妻を演じている淡島千景ですが、夫との再会を果たした際の第一声は「こんちわ」の軽い言葉。この絶妙な言葉使いは、今回の劇場鑑賞で一番気に入った部分です。パー

 

早春

 

                                                  

 

東京暮色

『東京暮色』(1957年、監督・脚本/小津安二郎、脚本/野田高梧、撮影/厚田雄春、美術/濱田辰雄、編集/浜村義康、音楽/斎藤高順)

 

都内雑司ヶ谷に住む杉山周吉(笠智衆)は銀行の監査役として勤務しているが、海外在任中に妻・喜久子(山田五十鈴)に出奔され、二人の娘を男手ひとつで育てていた。長女・孝子(原節子)は嫁いで子供もあるが、夫との折り合いが悪いらしく、子連れで実家に戻ってきていた。

 

そして父の気がかりはもう一つあり、次女の明子(有馬稲子)の帰宅が遅く、自分の知らないところで妹・重子(杉村春子)や、友人の関口(山村聡)にお金を貸してくれるよう無心していること。実は、明子は付き合っていた年下の恋人・木村(田浦正巳)の子を身ごもるのだが、そのことを相談する相手がなく、彼女はやむを得ず費用を用意して中絶手術を受けるのです。

 

明子は満州から引き揚げて麻雀屋をやっている喜久子と偶然に出会い、その人が自分の母だとわかると、本人のもとに出かけ自分が「誰の子」なのか問いただすのです。喜久子の言葉を信じれないままに街をさまよう明子は、偶然出会った木村に平手打ちを食らわせると、その直後に列車事故に遭います。明子の事故を知った父と姉は病院に駆けつけますが…。汗

 

東京暮色

 

この『東京暮色』『早春』の次作として1957年に公開されています(私はまだ生まれていません…)。小津監督にとっては最後のモノクロ作品で、次作の『彼岸花』(1958年)からはカラー作品を撮り始めます。先に紹介した『早春』が上映時間144分、この『東京暮色』が140分。ともに2時間越えですが、小津映画の独特のリズムになれると“長尺”は気になりません。音譜


この映画のドラマ的な展開は、結局、明子は亡くなってしまい、喪服姿のまま孝子は喜久子のもとを尋ね、すべて母親である「あなた」のせいとなじる。その後、自分の子供のことを考えて孝子は夫のもとへ帰る決心をする。心が傷ついたままの喜久子もまた東京を離れ、北海道へと旅立っていく。父親である笠智衆が一人になる状況は『晩春』(1949年)と同じですが、娘の結婚による孤独と娘の死によって訪れた孤独では、悲しみの色合いも大きく異なります。

 

以前に本編をDVDで見た時は、当初、明子役に予定していた岸恵子が映画『雪国』の撮影延長で有馬稲子に交代したとの情報が頭にあり、“岸恵子だったら…”の目線で見ていたように思います。今回素直に見れば、まだ若い女優・有馬稲子は本編のメイン・キャストである、難しい役柄に果敢に挑んでいて、その後の女優としての活躍が大いにうなずけるものでした。

 

また出演女優ということでいえば、本編は戦前から活躍する大女優・山田五十鈴が出演した唯一の小津作品です。戦争前に家族を置いて愛人と出奔したという役柄ですが、再会した娘たちからは責め立てられ、静かに苦悩の表情を見せます。黒澤明監督の『蜘蛛巣城』『用心棒』では”烈女”的なイメージですが、大物女優の使い方は“巨匠”によって様々です。パー

 

東京暮色

 


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