名古屋駅西のシネマスコーレで「橋本忍特集」が企画され、わずか3本の監督作品のうち2本の映画が上映され、多くの名作を生み出した脚本作品からは上映の機会があまりない2本の作品が取り上げられていた。私が最初に見たのは1982年の橋本忍の監督作品『幻の湖』

 

製作に2年を費やし「東宝創立50周年記念作品」の鳴り物入りで公開されながら、公開半月ほどで上映が打ち切りになった伝説的な映画です。興行的な不入りと映画関係者の酷評もあって、東宝も長く“お蔵”から出せなかった作品ですが、2000年代を前に若い映画ファンからは「カルト作品」として注目を浴び、映画作品として復権したように感じますが、どうなんでしょう。

 

公開当時の不評は記憶にありますが、すでに社会人になっていた私は映画館で映画を見る生活から離れつつありましたから、スクリーン鑑賞できずに残念という気持ちはありませんでした。今回の上映でピンクに褪色したフィルム画像を見ていて、この橋本監督の映画が歩んだ苦難を少しだけ思いやることができました。劇場はシネマスコーレ(会員当日1,100円)。グッド!

 

幻の湖

 

とにかく走るヒロイン・道子(南條玲子)ですが、彼女は雄琴の風俗街で「お市」の源氏名で働くソープ嬢です。かつて仕事に疲れ、失意のどん底にいた道子はみすぼらしい野良犬のシロと出会う。そして、銀行員の倉田(長谷川初範)からジョギングシューズを贈られたこともあって、琵琶湖の湖畔をシロを追って走り続け、本格的なジョギングを始め1年以上が過ぎます。

 

そんなある日、道子はジョギング途中に狂おしい笛の音に誘われて向かった場所で、笛を吹く男・長尾(隆大介)に出会います。彼女は長尾との出会いに運命的なものを感じますが、現代のドラマとしては二人の間にラブ・ロマンスは展開しません。映画はこの後、シロが何者かに殺されたことから、その犯人を探しあて道子が復讐を果たすため東京で“走る”わけです。あせる

 

シロ殺しの犯人である作曲家の日夏(光田昌弘)を追い詰めることができず、逃げ去られてしまった道子は傷心のまま雄琴に戻り、やがて倉田との結婚を決意する。しかし、それから数日して、シロの墓参りにやってきた道子は、偶然、長尾と再会するのです。激しく心が乱れる道子に対して、長尾は自分の吹く笛の由来とそれにまつわる先祖の話を聞かせるのです―。

 

幻の湖

 

ここから展開する戦国時代のドラマは、豪華な配役と時代劇らしい映像で見ごたえはありますが、それまで見てきた“ランニング”の復讐ドラマとはかなり異質なものです。近江の浅井長政の妻・お市の方(関根恵子)に侍女として仕えた「みつ」(星野知子)にまつわる哀しい物語。長尾の吹く笛は、織田信長(北大路欣也)に殺された「みつ」の魂を鎮めるためだというのだ。

 

長尾家にまつわる笛の伝来を語った後に、宇宙科学の研究のためアメリカへ戻ることになると道子に語る長尾。その話に心を揺さぶられながらも、道子は彼と共に新たな生活に踏み出すことはできません。そしてソープ嬢をやめようとしていた矢先、なんと偶然にもシロの仇である日夏が道子の店にやって来るのです。ここから終盤の見どころの“マラソン対決”に。パンチ!

 

幻の湖

 

最近読んだ脚本家・白坂依志夫の著書「不眠の森を駆け抜けて」は、数十年前に書いた記事の人物や映画に“脚注”が付いていて、その文章の遠慮のない表現が実に面白かったのですが、先輩脚本家である橋本忍についての“脚注”は以下の通り。「映画を撮ったことで、輝かしいキャリアを若干曇らせてしまった超一流脚本家。『羅生門』(50)『張り込み』(58)」です。

 

橋本忍は黒澤明監督の『羅生門』で脚本家としてデビューし、1970年代には『砂の器』『八甲田山』『八つ墓村』と日本映画史に残るヒット作を生み出したシナリオ界の大御所です。この監督作『幻の湖』の失敗は、そのキャリアとその後の映画人としての人生に大きな影を落としたことは間違いありません。今回初めてこの映画を見て、時代と空間を越えて展開するドラマに挑む気概は感じましたが、一編の映画作品としては“破綻”も目立っていたと思います。

 

とはいえ、本編を見ずして日本映画の“カルト映画”の代表作のように語ってはもらいたくない気持ちもあります。極めて真面目に記念映画の大作に挑んだ結果としてのチグハグさは、映画好きであれば十分に寛容できるはずです。現在99歳の橋本忍は、4月の誕生日を迎えれば100歳の大台です。本編の記念上映(?)でもあれば、ぜひとも逃さずにご覧くださいませ。パー

 

 

(1982年、監督・原作・脚本/橋本忍、撮影/中尾駿一郎、斎藤孝雄、岸本正広、音楽/芥川也寸志、美術/村木与四郎、竹中和雄、編集/小川信夫)

幻の湖

 

            走る人  走る人

 

 


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