クリント・イーストウッド監督の新作『アメリカン・スナイパー』は今年のアカデミー賞では作品賞や主演男優賞など6部門でノミネートされていたが、結果は「音響編集賞」の受賞のみで、主要部門での受賞はなかった。それでもアメリカ本国では大ヒットのようだし、私も公開2日目の日曜日に見に行ったが、「満席」のため他の作品を見ることになった。
アメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズの“最強の狙撃手”と言われたクリス・カイルの自伝の映画化で、映像化の話が進む中、カイル本人は不慮の死を遂げている。過酷な戦場での厳しい状況と、故郷に残してきた家族への思いを一兵士の生きざまを通して描写している。ミッドランドスクエアシネマ(クーポン利用で1,100円)。
『アメリカン・スナイパー』公式サイト
主人公のクリス(ブラッドリー・クーパー)は海軍特殊部隊ネイビー・シールズに入隊し、厳しい訓練を経て、イラク戦争に狙撃手として派遣される。その任務の中で、どんなに過酷な状況でも「仲間を必ず守る」モットーに従う。そして、人並み外れた狙撃の精度の高さで多くの仲間を救ったクリスは、 “レジェンド”の異名を轟かせるまでになる。
しかし、クリスの腕前はイラクの反政府武装勢力にも知れ渡り、“悪魔”と恐れられるようになった彼の首には2万ドルの懸賞金がかけられ、彼自身が「標的」となってしまう。クリスの無事を願い続ける妻のタヤ(シエナ・ミラー)、そしてまだ幼いふたりの子ども。家族との平穏な生活と、想像を絶する極限状況の戦地。彼のイラク遠征は4度に及ぶ。
愛する家族を国に残し、終わりの見えない戦争に繰り返し向かうことになるクリス。銃弾の飛び交う戦場で、タヤと携帯電話で会話を弾ませているようなタフなクリスだが、度重なる戦地への遠征は、次第に彼の心を蝕んでゆく。戦地にいれば“異常”は見えないが、遠征から戻って自宅にいてもタヤからは「心が戻ってない」と嘆かれてしまう。
このクリスの内面が徐々に壊れていくあたり、ちょっとした音に過敏に反応することから始まり、やがてパニックに陥ると激しい暴力衝動を抑えられなくなる描写は丹念になされている。殺人を繰り返し行ったことで、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が顕著になるわけで、ブラッドリー・クーパーの演技の見せどころでもある。
映画の中では、イラク反政府武装勢力側にも凄腕の狙撃手が存在していて、このスナイパー同士の“対決”も描かれるが、それが大きな見どころという感じではない。このシーンに限っていえば、大写しになる弾丸に気持ちを乗せていると、意外にガッカリするかもしれないし、敵地からの逃亡も砂嵐に覆われるからよく見えないです。
テキサス州生まれのクリスへの厳格な父親からの教え。人間は「羊」「狼」「番犬」の3種類に分けられるが、常に「番犬」であれと。そんな親の偏狭な教えを忠実に守り、戦地では懸命に仲間を守り、 “レジェンド”と祭り上げられる存在にまでなるが、酷い精神障害を抱えるようになる…。英雄譚からはほど遠い作品に思えます。
映画はクリスの自伝が原作になっていますが、原作は未読ではあっても、終盤の展開は映画のオリジナルと判断できます。ラストの実写映像(?)を織り込んだ部分は、彼を英雄化するアメリカ社会を映し出していた気がしますが、それまでに描かれた彼の姿を正しく受けとめていれば、戦争の殺戮が人間に及ぼす影響は、綺麗ごとで済まされるものではないと思い至ります。なかなか“重い”イーストウッド映画でした。
(2014年、監督/クリント・イーストウッド、脚本/ジェイソン・ホール、原作/クリス・カイル、スコット・マクイーウェン、ジム・デフェリス、撮影/トム・スターン)
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