沖縄での最終日を迎えています。
ここで俺のlifestyle第一章を振り返りここに記憶として残しておきたいと思います。
一年前、俺は日本の端に行き自分の人生に後悔したくないと思い、迷わず沖縄の病院に履歴書一枚を持って乗り込んだ(笑)
俺が面接官なら、こんな常識はずれの野蛮人なんて乗り込んできた瞬間から門前払いだっただろう。
『俺を此処で働かせて下さい』
けど、そこが沖縄だった。
「なんくるないさー。」
その一言で合格を貰った。
そして家探し、俺はここでの生活を共にしていく場所だから妥協せずに自分がこだわるポイントをいくつもあげ不動産のおっちゃんに相談にいった。
そして、いきなりの一言。
『そんな所、あるわけないさー』
(笑)
そりゃそうだ。
俺の求めた場所は町中で買い物にすぐ行けて、海がみえる。そして夜中でも爆音で音楽が流せる近所迷惑にならない所で、庭が広くてそんでもって友達を大勢呼べるペット可の最終的には秘密基地みたいな場所。との要求だったのだから(笑)
ないと言われたが、そこをなんとか!と俺も食い下がらず立ち向かい不動産のおっちゃんの知り合いとかに当たってもらって、最高の場所を見つけてくれた。
もう見学に行った瞬間、即効契約したけんね(笑)
沖縄で出会ったこの『亀』通称ゴン蔵と共に、よし!今日からここが俺のアジトだ。
心行くまで自由に生きてやろう。
そして、翌日から沖縄LifeStileが始まった。
24歳をここで迎え、思ったことが沖縄の地は素晴らしい!
同じ一日の時間なのに今までに味わったことのない、ゆる~い時間がここには流れていた。
俺は応援ナースとして1年間という契約を結んでいた沖縄を満喫する為に沢山の場所に足を運んだ。
そんな沖縄での出会った方々の言葉を少し紹介したい。
『アワティーハーティーより、自分の思う信念の方が大事さー』
名護で出会ったオバーの言葉。
慌てることより、自分らしくいることの方が大切なんだよって事。
『ハブ?怖くないさー。ハブはお金になるからね』
恩納村で出会ったオジーに満面の笑顔で言われた一言。
『サンゴは此処の宝さー。』
与那国島で潜った時に、漁のおっちゃん達に言われた言葉。
『一緒に泳いでみるのが1番』
美ら海でイルカと泳ぐのってどんな気分?と尋ねたインストラクターに言われた一言。
『これぐらい、でっかい男になれ!』
名護で知り合ったオジーに海に連れてってもらい産まれて初めてクジラと一緒に泳いだ時に言われた一言。
『貯金も大事だけど、今を後悔したら何にも意味はないさー。若い内は小さくまとまらず自分がそう思ったら行動しろ。20代なんて3日寝なくても大丈夫さー。』
職場の先輩にガツンと言われた一言。
この言葉のおかげで、先入観を持たずに人との出会いを大切にできる様になった。
『ナイチャー(内地派)だろうが、ウチナンチューだろうが、共に踊ったら、イチャリバチョーデ。』
有名なアグレッシブなエイサーの団体で踊らせてもらった時に、沖縄人じゃない俺を良く思わない人がいて、落ちこんでいる時に言われた団長からの一言。県外から来たやつだろうが沖縄人だろうが、一緒に踊って出会ったら、みんな兄弟さー。という意味。
その他にも沖縄でたくさんの出会いや言葉を頂いた。今後の記事でその時にあった言葉達を紹介していこう。
24歳沖縄で、たくさんのことが学べた。人間の温かさや時間の流れ。なにより自然の素晴らしさ。
突如来た俺を温かく向かえてくれた島人たち。
買い物に行っても、コレ持っていけーとか、作り過ぎたから食べれーとか初対面の人達から言われる優しさ。
俺が友達と2人で始めだした募金活動ですら気付けばこんなにも大勢の人間が集まってくれたこと。
※かりゆし58さんも駆け付けてくれた。
俺は、恩返しの為に此処での風習を学びエイサーを踊った。
若者たちのパワフルさや、オジー達の華麗な動き、一つ一つが俺にとってスゲー衝撃的な映像だった。
俺は沖縄で短い間だったけど、本当に心から来て良かったと思った。
人の温かさや気持ち、人情っていうのかな?そういったモノをここにいる人達は当たり前の様にさりげなく披露してくれる。
スゲー人種だ。
アメリカ人のマッチョな軍人さんとも言葉はわからんが一緒にビールを飲んでビーチバレーしたらもう仲良しだし、電話かかってきて英語で話されて全然意味わからんのにご飯食べに行ったり、島人達は呑んだら終わりなんて永遠にないし、もう何もかもがハチャメチャなんだけど最高な宝になった。
ありがとう。沖縄。
最後にこの一年俺と共に色んな場所へ案内&カメラマンになってくれていたスタイリストの仲村健美こと健さん。
最後の日は、新しい気持ちと共に俺のこの無造作なボサボサヘアーをきりたいと申し出てカットしてくれた。
健さんには本当にお世話になったなぁ。名護の端っこで迷子になった俺を夜中2時に迎えにきてくれたり、泡盛でベロンベロンになった俺を家まで運んでくれたり、時には真面目な話しで2人で飲み明かしながら泣きまくったり、頑張ろう!ってやる気をあげてくれたり。
本当に感謝してます。
そして明日から生まれ育った故郷に帰り俺の新たな第二章が始まる。
楽しみだ!!
ここで俺のlifestyle第一章を振り返りここに記憶として残しておきたいと思います。
一年前、俺は日本の端に行き自分の人生に後悔したくないと思い、迷わず沖縄の病院に履歴書一枚を持って乗り込んだ(笑)
俺が面接官なら、こんな常識はずれの野蛮人なんて乗り込んできた瞬間から門前払いだっただろう。
『俺を此処で働かせて下さい』
けど、そこが沖縄だった。
「なんくるないさー。」
その一言で合格を貰った。
そして家探し、俺はここでの生活を共にしていく場所だから妥協せずに自分がこだわるポイントをいくつもあげ不動産のおっちゃんに相談にいった。
そして、いきなりの一言。
『そんな所、あるわけないさー』
(笑)
そりゃそうだ。
俺の求めた場所は町中で買い物にすぐ行けて、海がみえる。そして夜中でも爆音で音楽が流せる近所迷惑にならない所で、庭が広くてそんでもって友達を大勢呼べるペット可の最終的には秘密基地みたいな場所。との要求だったのだから(笑)
ないと言われたが、そこをなんとか!と俺も食い下がらず立ち向かい不動産のおっちゃんの知り合いとかに当たってもらって、最高の場所を見つけてくれた。
もう見学に行った瞬間、即効契約したけんね(笑)
沖縄で出会ったこの『亀』通称ゴン蔵と共に、よし!今日からここが俺のアジトだ。
心行くまで自由に生きてやろう。
そして、翌日から沖縄LifeStileが始まった。
24歳をここで迎え、思ったことが沖縄の地は素晴らしい!
同じ一日の時間なのに今までに味わったことのない、ゆる~い時間がここには流れていた。
俺は応援ナースとして1年間という契約を結んでいた沖縄を満喫する為に沢山の場所に足を運んだ。
そんな沖縄での出会った方々の言葉を少し紹介したい。
『アワティーハーティーより、自分の思う信念の方が大事さー』
名護で出会ったオバーの言葉。
慌てることより、自分らしくいることの方が大切なんだよって事。
『ハブ?怖くないさー。ハブはお金になるからね』
恩納村で出会ったオジーに満面の笑顔で言われた一言。
『サンゴは此処の宝さー。』
与那国島で潜った時に、漁のおっちゃん達に言われた言葉。
『一緒に泳いでみるのが1番』
美ら海でイルカと泳ぐのってどんな気分?と尋ねたインストラクターに言われた一言。
『これぐらい、でっかい男になれ!』
名護で知り合ったオジーに海に連れてってもらい産まれて初めてクジラと一緒に泳いだ時に言われた一言。
『貯金も大事だけど、今を後悔したら何にも意味はないさー。若い内は小さくまとまらず自分がそう思ったら行動しろ。20代なんて3日寝なくても大丈夫さー。』
職場の先輩にガツンと言われた一言。
この言葉のおかげで、先入観を持たずに人との出会いを大切にできる様になった。
『ナイチャー(内地派)だろうが、ウチナンチューだろうが、共に踊ったら、イチャリバチョーデ。』
有名なアグレッシブなエイサーの団体で踊らせてもらった時に、沖縄人じゃない俺を良く思わない人がいて、落ちこんでいる時に言われた団長からの一言。県外から来たやつだろうが沖縄人だろうが、一緒に踊って出会ったら、みんな兄弟さー。という意味。
その他にも沖縄でたくさんの出会いや言葉を頂いた。今後の記事でその時にあった言葉達を紹介していこう。
24歳沖縄で、たくさんのことが学べた。人間の温かさや時間の流れ。なにより自然の素晴らしさ。
突如来た俺を温かく向かえてくれた島人たち。
買い物に行っても、コレ持っていけーとか、作り過ぎたから食べれーとか初対面の人達から言われる優しさ。
俺が友達と2人で始めだした募金活動ですら気付けばこんなにも大勢の人間が集まってくれたこと。
※かりゆし58さんも駆け付けてくれた。
俺は、恩返しの為に此処での風習を学びエイサーを踊った。
若者たちのパワフルさや、オジー達の華麗な動き、一つ一つが俺にとってスゲー衝撃的な映像だった。
俺は沖縄で短い間だったけど、本当に心から来て良かったと思った。
人の温かさや気持ち、人情っていうのかな?そういったモノをここにいる人達は当たり前の様にさりげなく披露してくれる。
スゲー人種だ。
アメリカ人のマッチョな軍人さんとも言葉はわからんが一緒にビールを飲んでビーチバレーしたらもう仲良しだし、電話かかってきて英語で話されて全然意味わからんのにご飯食べに行ったり、島人達は呑んだら終わりなんて永遠にないし、もう何もかもがハチャメチャなんだけど最高な宝になった。
ありがとう。沖縄。
最後にこの一年俺と共に色んな場所へ案内&カメラマンになってくれていたスタイリストの仲村健美こと健さん。
最後の日は、新しい気持ちと共に俺のこの無造作なボサボサヘアーをきりたいと申し出てカットしてくれた。
健さんには本当にお世話になったなぁ。名護の端っこで迷子になった俺を夜中2時に迎えにきてくれたり、泡盛でベロンベロンになった俺を家まで運んでくれたり、時には真面目な話しで2人で飲み明かしながら泣きまくったり、頑張ろう!ってやる気をあげてくれたり。
本当に感謝してます。
そして明日から生まれ育った故郷に帰り俺の新たな第二章が始まる。
楽しみだ!!

























