こないだのにまた追加。備忘録。
イギリスに留学していたときにオックスフォード大学のインテリイギリス人男子から、「Your English is much better than native English. 」としつこいくらい言われたことがある。
いや、口説かれてたわけではなく(笑)、真面目な顔で言われた。
そのたびに、はぁ~何言ってんの?と訳が分からないのと、ちょっと嬉しいのと、日本人的に謙遜するので、複雑な心境だった。
とりあえず、「I don't really think so.」とだけ答える私。
すると「Ugh...You don't understand, do you?」が返ってくる。
とりあえず、オックスフォード大生の英語ネイティブのその人にとっては、私の英語はネイティブより上手なのだという。
どういうことか。
話が飛びますが、赤ちゃんは読んだり書いたりする前に、話し始める。
ここなんじゃないか、と。
つまり、母語についていえば、バカでも頭が良くても、社会の中で生きていれば人間まずは話し始めることはできる。
そして、読み書きはその後の話。本をいっぱい読んだり、ディスカッションしたり、たくさん考えたりした人たちは、きっとそれなりに内容のある、高尚な言葉を話、読み、書くことができる。
そうじゃない人たちは、そもそも本なんてあまり読んだりしないだろうし、ディスカッション、ディベートなど論理的に話すトレーニングもしていない。語彙も最低限。そして、読むことも怪しい、書くのも得意じゃないし、間違いだらけ。極端な話ですけど。
そう、ここなんじゃないかと。
日本人は、「英会話」ができるようになりたいとみんなが妄想している。
「英会話」という単語が独立してここまで市民権を得ているのも不思議な話だ。
「中国語会話」「フランス語会話」という言い方はほとんどしないのに。
「会話」なのだ。ネイティブがぺらぺらしゃべってる風の、あれだ。
そして、それは、日本人の赤ちゃんが日本で生まれて日本で育って、自然に誰でも日本語を話し始めるのと同じことを指している。それが日本人の憧れる、英語の「会話」。
そんな表面的なことが、憧れなのだ。
話の中身がどうとか関係ない。
ペラペラしゃべれるようになりたいのだ。
日本語がペラペラしゃべれるのと同じように。
だから、例のオックスフォード大生が私に言った「Your English」とは、「英会話」ではなく「英語」のことだったのだろう。
確かに私は大学レベルの英語も読めたし、ある程度は(時にネイティブより正しいつづりで)英文も書けた。they'reとtheirとthereの区別がつかないネイティブが多いという話にぶったまげたこともある。そんなの中学英語レベルの文法ではないか。
そういう意味で、私の英語はbetter than native Englishだったということなのかもしれない。
ただし、日本人があこがれるペラペラの「英会話」は、そりゃ私もネイティブのペラペラさにはかなうわけがない。
それでもって、英語を習いたい大人、もしくは子供に英語を習わせたい大人、すべて「英語を話せるようになってほしい」というのがぶっちゃけ本音としては一番強いのではないだろうか。
ただ、それがうすっぺらな「お腹すいた」「トイレはどこ?」といった「英会話」なのか、きちんと論理的に議論できる「英語弁論能力」なのかどうかまでは、きっと区別もそんなにしていないと思う。
前回の記事に追加。
最近よく気を付けているのが、子供の視野、子供の目線、子供のものごとの捉え方・・・こういうものを意識すること。
こういうことって、大人のそれとは全然違う。
でも、大人は自分たちと同じ視野、目線でものごをと捉えがち。
子供たちの見えている世界は、もっとこう、ふわぁっとしているはず。日本語だろうが英語だろうが。
例えば、絵本。
洋書絵本に関して言えば、子供にとって、ばぁ~~っと英語がたくさん書いてあっても、日本語がばぁ~~っと書いてある絵本と、印象はさほど差がないのではないか。
大人にとっては、英語がばぁ~~っと書いてあれば、うわ、難しそう。などと思うだろう。日本語がばぁ~~~っと書いてあっても抵抗はないが。だから、絵本を開いたときの、子供と大人の捉え方の印象が全然違うはずだと思う。
だから、子供のためにわざわざやさしーーーーくシーーーーーンプルな文(もしくは単語だけ?)の短い絵本からゆっくり丁寧に読んでいくというのは、実は大人の目線でやっているだけのことで、子供にとっては、別にいきない文字がばぁ~~~っと書かれていようが、抵抗なんて大人が心配するほどないのではないか。むしろ、なにこれ、どんなことが書いてあるんだろう、ワクワク。くらいの好奇心にならないだろうか。私が子供だったらきっとそうだったような気がする。だったら、いきなり文字がばぁ~~~でもいいのではないか。別にそれを完璧にわからせようとする必要はなくて、前回の記事でも言ったように、好い加減にざっくりかいつまんでふれていくだけで十分なのではないか。その後で、易しいところ、個、に戻ったときに、ストンと「あ、わかる」と無理なく理解できるものなのかもしれない。
これはウザワ式の本を読んでいて気が付いたこと。
こういうことを考えていたら、本当にワクワクしてきた。
子供は無限大。
大人だって、子供のようにふわぁっと物事をざっくりとらえる感覚に慣れてきたら、同じように語学も全体から個へ習得していける気がする。




