私の幸福論 | 命の継承 鍼灸師 村山巖のホームページ

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協調性が尊ばれる時代に、あえて「孤高」。
難しい時代に子を産み育てるのですから、流されないことも、常識を疑うことも必要なのでないかと思っています。

家族と毎日過ごしています。

私が東京に行かなくなってから、子供たちも妻も精神的にゆとりがあるのか明るく楽しそうにしています。

私も毎日子供の傍にいられることがとても幸せです。

そして時々不安になります。

この幸せはいつまで続くのか。
壊れる時はどういうふうに壊れていくのか。

子供は親の思い通りにはならないとわかっていますから、そういうことで幸福が壊れるとは思えません。

子供を失うのだけは勘弁してもらいたい。
そういう壊れ方は最悪です。

身の丈以上の幸せは、そういう意味で怖いです。

我が家の最大の厄払いは、貧乏であるということだと思っています。

これで物質的な豊かさであるとか、老後の保証であるとか、そんなところまでなんの問題もなくなると本当に何のストレスもない幸福な状況になります。

家族がみんな健康で仲良し。
子供の出来が良くて将来の心配もない。
生活には不自由がなく、貯蓄があり借金はない。
仕事は順調で老後の心配もない。
親も病気知らずで認知症や介護の心配もない。

そんな幸せが長続きした家なんて、私は全く知りません。

みんなどこかで幸福の代償を払っています。

私は子供に幸福の代償が廻るのが怖いのです。

だから貧乏なままでいいです。

上田に来た頃は貧乏がやだくて(上田弁で嫌での意味)色々とあがいてみたのですが、今は受け入れるようにしています。

貧乏くらいで済むのならなんてことありません。

欲張るとろくなことないですし。

願い事をするときも、その代償は常に考えます。
代償なしに願いを叶えようなんて思いません。

結局は東京で築いた地位、名誉、利権、財産などのすべてを捨てて上田にやって来ました。

でも、妻と子供たちが健康で幸せそうにしていますから何も不満はありません。



仕事を辞めて子宝を授かったかたを見ていると、まず先に犠牲を払ったように見えるのです。

収入、キャリア、保証、やりがいなど、犠牲にするものが大きいほど大きな幸せを手に入れているように思います。

時給750円のパートの仕事をして、その収入を使って二人目の子供を授かるために毎週うちに通ってくださったかたもいましたが、10年ぶりにお産をして幸福な子育てをしています。

こういう方々とは価値観が同じだから、お読みになればおそらく「いいね」なんですよ。

逆の価値観、幸福論のかたもいますね。
家族を犠牲にしても金儲けというかた。

私にはそうしたいと思う気持ちはわかりませんが、家族を犠牲にしているぶん代償という本質はわかっていらっしゃるのでしょう。

幸福になるために何か願い事をするならば、手にいれる幸福の大きさに見合う代償や犠牲を先に支払うのが成就させるコツだと思います。

その時は清水の舞台から飛び降りる覚悟で思いきっていきましょう。

何を言っても我が家の貧乏の言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、東京の患者さんに閉院するにあたって色々と苦しい台所事情を説明したら、私から幸せオーラ出まくっているからまさかって思ったと言われました。

なんで貧乏なのかって?

正直に生きてるからです。なんてね。

雇われ院長から独立するさいに、借金して東京の鍼灸院を始めて、採算云々の前に更に借金して上田に移住して、上田にも鍼灸院を出して新幹線で東京に通ったからです。

鍼灸でお産関連の仕事が出来るチャンスは二度とないかもしれないから、破産するリスクを負ってでも上田移住を決めました。いきなり予定外の二軒経営を始めたから当たり前に貧乏になりました。

それなのに、妻が働けなくなることがわかっていて子供を3人もですからね。

でも妻の実家の近くだから妻も鍼灸師をやりながら子供を3人産めたわけでして、東京ならば凜之介はいなかったでしょう。

凜くんがいない生活?
ゾッとします。

無茶して貧乏になって良かった。

だからこれ本音なのです。

授かったから幸せで円満に終わりそうもないから、今でも色々と常識外れの無茶はしています。

猫の事とかもそうですし。
ご近所関係を険悪にしても猫に自由にさせていますし、子供も産ませています。

仕事でも常に色々とリスクを背負ってます。

そういったことで苦労したりストレスがあっても、そのぶんの幸せはほかで得ている。
そういうふうに思うようにしています。

これが私の幸福論です。

強い子孫を残すために犠牲を払ったチビが私がひっそりと埋葬した4匹の子猫を探して啼き続けているのを見て、なんとなく私なりの幸福論を書こうと思いました。

日本は敗戦という犠牲を払って幸福になったかもしれませんが、もう私たちはその世代じゃないし、ご先祖様のおかげで随分と身の丈以上の幸福を味わっていたような気もするので、そろそろ大きなツケを払わされるような感じもしています。

中途半端な犠牲で最高の幸せを得た時は一番怖いです。

人生や命を賭けて手にいれたほうが良いこともあると思います。

みなさん、家族を守るための代償は払っていますか?

私頑張ってます。お酒を外で飲まなくなりました。タバコをやめました。趣味のスキーや釣りも家族サービス以外は行きません。洋服や靴も着た切り雀です。ほとんど買いません。散髪も2ヶ月に一度で我慢しています。ギャンブルは一切やりません。

家族に安全なものを食べさせたくて、そのぶんのお金は無駄遣いしないで捻出してます。

代償を払うっていうのは、ストイックになるということですね。

お坊さんみたいでしょ。

異常でしょうか。溺愛しすぎかなあ。

答えはもうすぐ出ると思いますよ。