同居中、そのお子さんは3歳になったばかりでした。

その子の父親は、多くの男性がそうであるように、正義感が強く、子どもを守ろうという意識が強く、不合理や子どもの利益にならないことに対しては厳格な態度をとる傾向がありました。

その子の母親は、事情が合って、被害意識をやや持ちやすく、自分が否定的に評価されていると思うとパニックになりやすく、そうなると感情的になってしまう傾向がありました。

 

つまり、どこにでもあるご夫婦だったと思います。

 

少し前に、たくさんの人たちの努力によって、2年ぶりに父と子の面会が実現しました。久しぶりの面会交流の場合の心得(*末尾)をくどいくらいに伝授し、父親はかなり努力をされて実践され、1時間、父子は語らい続けました。最後は「またね。」と言い合って、グータッチでお別れしました。

 

立ち会った私としてもかなり勉強させていただきました。5歳にしては、お話や記憶がはっきりしていて、うまく自己表現ができない3歳の子の心情が奇跡のように語られたからです。

 

3歳という、まだ言葉をうまく使えない時期のエピソードの記憶は後々に定着しないとされることがあります。出来事を言葉に置き換えることができないので、言葉による記憶の補助が困難だからということなのでしょう。

 

しかし、お子さんは楽しかった記憶、嫌だった記憶を具体的にお話しされていました。おそらく、父親との出来事を何度も反復して思い出していたのでしょう。反復して思い出せるうちに、言語能力が高まって、言葉によるエピソード記憶に置き換わっていったのかもしれません。お子さんの能力が高かったという事情もあったのでしょう。

 

お話の中で、お子さんが父親と一緒に何かをやったことについては、とても楽しい思い出として定着していたことを話してくれました。

逆に嫌な思い出として、父母の「けんか」のことをお話ししていました。

 

もっとも父親としては、「けんか」をしていたという意識はなかったのです。おそらく、母親が約束を守らないこと、子どもの利益に反すると思われることをしていることなどを、少々厳しく指摘していたということなのかもしれません。言わなくてはならないことを、自分しか言えないのだから言っていたということなのでしょう。すべては子どもの利益のためという意識であったようです。

 

しかし、母親の方は、父親から自分の感情、願いなどを否定された気持ちになったのだと思います。寛容に扱われないという意識が大きな疎外感となり、パニックになり感情的な応対をしてしまったのだと思います。

 

実によくある夫婦喧嘩の位相です。もちろん私にも覚えがあります。

 

子煩悩で、真面目で、正義感が強い場合によくあることです。人間は同時に二つのことに配慮することが苦手なようです。子どもの利益ばかり考えて、母親の感情に配慮することが弱まってしまって起きる現象です。

 

父親は、「子どものために」ということで母親に厳しく接してしまったのですが、それによって当然起きる母親の反応と合わさって、子どもとしては両親が喧嘩しているということで、かなりのダメージを受けていたようです。子どもにとって不利益が生じていたわけです。

 

3歳の子どもにとっては、両親は「この世の全て」です。二つの人格があるということも理解できない、「両親」というユニットとして認識しているようです。その父と母が対立していることによって、自分を支える「この世」が崩壊してしまうようなパニックになるということは、考えればそうなのかもしれません。対立の原因も分からなければ、どちらに問題があるのかなんてことも考えもつかない。ただ、怖くて、不安になっていくけれど、どうすることもできないという精神状態になるのでしょう。

 

では、父親はどうすればよかったのでしょう。子どものためにと思って行ったことが子どもの精神に悪影響を与えるという矛盾を生まないためにどうすればよかったのでしょうか。

 

前提として、相手に完璧を求めないで、寛容の心を無理してでも作っていくということはあると思います。

今回学んだことは、3歳になったばかりの子も、怖いとか不安になるとか、そういう気持ちに簡単になるということでした。そうであるならば、自分の思想信条ではなく、子どものためというのであれば、自分の言動を子ども目線で再評価するということをするべきなのだと思います。正義の心、真面目さよりも、それが子どもの目にどう映るかということなのです。子どもは理屈はわかりません。しかし、声が大きくなったり、眉間にしわを寄せたり、優しくない人間が目の前にいれば安心できないということをよく考えるべきなのでしょう。

 

また、どうしても言い合いみたいになる場合もあるでしょう。その場合も子どもが望むことは仲直りです。自分からイニシアチブをとって仲直りをする。謝るべきところを探し出して謝るということをする。自分の意見の正しさを言い訳にしてその他を全て正当化するというようなことを決して行わないということが有効だと思います。私は喧嘩をしない夫婦よりも、けんかをしても仲直りして仲良くなる夫婦の方が、よほど子どものためになると思います。仲直りの仕方を学ぶことができるからです。

 

子ども目線で自分の家庭内の言動を再評価するということが、円満な家族を作る秘訣なのだということを、面会交流に立ち会って、お子さんから学びました。

 

*久しぶりの面会交流の心得

・ 子どもにとって楽しい時間にする。(子どもは親が悲しんだり、辛い思いをしたりすると、自分のせいだと思ってしまう。そうすると親と面会することが苦しくしんどくなってしまい。会いたくなくなってしまう。)

・ そのためには、「感動の再会」を絶対しない。会えない時が苦しかったと言わないだけでなく、会えてとても嬉しい、会いたかった等ということを改めて言わない。

・ つまり、笑顔を維持する。面会交流の時に笑顔が無ければ成功する確率が格段に下がる。

・ 昨日も会ったように、明日も会うように、特別のことではなく、どうせまた会えるのだからという態度が子どもが「また会いたい」という気持ちになってくれる。

・ 別れをいつまでも惜しまない。「またね。」と笑顔で言うことで子どもが救われる。「また、会うんだ。」という気持ちになれる。

 

このほかにも、時間厳守とか、相手やその家族の低評価につながることを言わないとか、どこに住んでいるとか、どういう生活をしているとか、相手親を不安にさせることは尋ねないとか、細かいことはあります。今後のお子さんの人生に、あなたといる時間を少しでも多く確保するための行動を心掛けるということです。

「正義感ストレス」で自分が消耗していくパターン

 

最近、自分の正義感で自分自身が自滅しているという現象が増えていることを見る機会が増えています。noteに投稿したのですが、

「正義感が怒りに結び付く理由 自分に損害が無いにもかかわらないのに」

https://note.com/doihou709/n/nf2c945151c5e

この記事を一言で言えば、「正義感が発動するとき、つまり誰かが不正義の行為をする時、実際は違うのに自分に著しい不利益が生じると本能的に危険を感じてしまい、不正義の行為者に対して怒りが沸き起こり、相手に対して攻撃的感情が起きる。」ということでした。

 

危険を感じるときには、逃げるか戦うか(fight or flight)の行動パターンとなります。相手に対して勝てないと感じれば逃げる方を自動選択しますが、勝てると思うと戦いを自動選択します。ところが、正義概念を噛ませると、自分は全体の利益を背負っているという感覚になり、背後には仲間がいる、自分たちのために戦うという感覚になり、戦いを自動選択する傾向になってしまうようです。

母熊が子熊の危険を感じると、攻撃一択になることと似ていると思います。

 

正義感が強くて誰かと対立したり、煙たがられて孤立したりして、自分が傷つくということは分かりやすいのですが、正義感によってメンタルが崩れるもう一つのパターンを仕事柄多く見ています。これが正義感ストレスです。

 

この例はいくらでも出てくることでしょう。

職場では、同じフロアの近くの職員が、上司がいなくなったら給湯室でさぼりだすのをみて、イライラが募るパターンです。それを注意しない同僚にもイライラしていくようです。この場合も男女関係と同じように、その場のイライラで終わらずに持続してしまうと、何を見ても気に入らなくなり、ついには不正をただせない自分の無力感や罪責感まで出てきてしまうことがあるようです。通常であれば何でもないような同僚との会話も気に入らなくなり、自分が無理強いをさせられているパワハラを受けていると感じるようになることもあるようです。実際、裁判所でもそのような「パワハラ事件」が係属することがあります。

そうして実際にメンタルが消耗してしまい、適応障害で休職する人も現れています。

 

男女間での正義ストレスは、時間を守らない相手に対するイライラが典型でしょう。レモンハートという漫画でそのテーマの話がありました。男性が交際中の女性が、絶対に時間通り来ないで遅れて待ち合わせの場所に来ることでイライラするということをバーのマスターに相談するという始まりです。当時私はこの男性の言うことがもっともだと思っていました。最終的にはマスターから諭されてハッピーエンドになったような記憶なのですが、私は納得できませんでした。

 

おそらくその男性も時間を厳守する人だったのでしょう。何かあることに備えて早めに到着するような習慣もあったのだと思います。しかしながら、デートの時間が遅れたからと言って、特に不都合はないはずです。まあ、映画やコンサートに遅れるということならば不都合でしょうけれど、少し余裕をもって待ち合わせ時間を設定すればよいことです。ところが、男性は遅れること自体が、「約束を破る」というルール違反だととらえて、損害が無いにもかかわらず正義感による怒りが生まれてしまうわけです。勝手に「自分は相手の女性に損著されていない。」という意識を持ってしまい、対人関係上の危険意識が高まってしまうわけです。恋愛をすると自分に自信がなくなる場合があり、こういう意識傾向は一般的に見られますが、自滅して破綻するパターンでもあります。

 

男性はこのパターンでメンタル不調になることはあまりないのですが、やはり妻の些細なことも被害的に見えたり、とても許せない行動だと受け止めてしまうようになったりして、厳しく正義の鉄槌を下ろしてしまうような言動をしてしまいます。自分との約束を守らないだけでなく、町内会のルールを守らないなどのことも気になって仕方がありません。それだけでなく、合理的ではない行動も許せなくなってしまいます。こちらが存するわけではないのですが、厳しい指摘と修正要求をしてしまいます。正義感ストレスは、何をやっても正義感に触れてしまい、口数も多くなっていきます。相手に対する手加減もできなくなり、相手も傷つきますが、自分のメンタルも消耗していくわけです。

 

実は妻側も、正義感ストレスで消耗するパターンが見られます。夫の指摘が尋常ではないほど頻繁で強烈なものではない場合にそれが見られます。その時の妻の心理は、「確かに自分に落ち度があって、自分が悪いのだけれど、夫婦なのだからもっといたわりを持つべきだ。それなのになんでそんなことを言うのだ。」という、自分では夫婦はこうあるべきだと自分に都合よくルール設定をして、それに満たないとストレスを感じてしまうというパターンです。

ただ、私が少し問題だなと思うパターンもあります。確かに第三者から見ると乱暴な言葉遣いだなと感じることでも、夫婦ではそれが当たり前の会話であり、妻側も気にしないどころか同じような発言をしている場合があります。それにもかかわらず、第三者が自分の価値観で、「そんな言葉づかいをされるなんて、旦那さんはあなたを尊重していないのではないか。」、「それはDVではないか。」と助言し、妻もだんだん「自分は尊重されていないのではないか。」、「DVを受けているのではないか。」と感じるようになってしまうという、裁判所でよく見られるパターンです。

当然そう考えてしまうと、徐々にメンタルが消耗していき、適応障害などにり患することは自然の成り行きになってしまいます。

 

「妻が悪い」、「変な支援者が悪い」と言っても、そのような社会が現代社会ですから、無いものねだりをしても仕方がありません。奥さんが

・ メンタル疾患を抱えている場合

・ 妊娠中、あるいは出産後2年以内

・ メンタルに影響を与える内科疾患、婦人科疾患がある場合

・ 更年期

これらの時期は特に、気持ちの悪い程奥さんに丁寧に接してちょうどよいのでしょう。正義なんて後景に追いやるべきです。そのくらいして初めて奥さんは普通だと思うようです。

この点において男性の陥りやすい誤りは、「男女は一緒である。」、「相手がこちらにする振る舞いは、こちらも同じことを相手にしても良いということだ。」ということに集約されるようです。男女は別物であるという意識を持つことが家族安泰につながるのではないかと30年夫婦問題を扱い続けてきた結論であります。

 

ちなみに私の場合の、相手方の遅刻の時ですが、もちろん未だにイラっとはきます。対処方法としては、あえてラインなどで「ゆっくり来てもらっていいからね。」と書くということが予防策です。何か言おうとしたときは、これまで言ってきたことで何も良いことはなかったということを思い出すこと、何か厳しく言って嫌な気持ちになったらかわいそうだと自分に言い聞かせることが、イラっとしたときの事後策でしょうかね。いずれにしても、それほど気にしなくてよいことだということを頭の中では結論を出しています。「何も悪いことは起きていない。」と呪文のように唱えることも効果的かもしれません。

 

 

 

 

 

 

1 弁護士を依頼するメリット(弁護士の役割)

 

 1)メンタルの安定

   家裁調停ですから、裁判所に行ってお話をします。家庭裁判所は、建物からしてごついものですし、何か無機的な要素を強く感じる様式になっています。また、話題が家族のことですし、家族から自分が虐げられているということを話題にするのですから、どうしても、メンタルが不安定になりやすいです。

   そんな時、「すぐそばに味方がいる。」という意識が持てることはそれ自体が支えになることがあります。弁護士の最低限の仕事は調停に仲間として立ち会うということになると思います。

 

 2)調停の目的を害する自分の行動を制御してくれる

   面会交流調停でも、夫婦円満調停でも、調停が成功する秘訣は、相手を安心させることです。しかし、子を連れて別居され、一人ぼっちの家で過ごす毎日を考えると、普通の人は被害意識を高めて、相手を攻撃してしまいがちになってしまいます。人間の通常の感覚だと思います。しかし、その感覚のまま調停で発言をしてしまうと、相手を怖がらせたり、不快にさせたりして、面会交流や円満調停の目的と逆行する言動になってしまいます。

   自分で自分を制御できなくなることはよくあることです。そこで、代理人として傍に弁護士がいる場合は、発言を制止したり、注意したりすることができます。ついそう感じてしまうけれど、実際現在は別の考えを持っていると修正することが可能になります。

   家族再構築系の調停での弁護士の役割は、当初の目的を思い出させるということかもしれません。

 

 3)場の空気を判断する

   調停全体が、自分に有利になっているのか、自分の意見が全く取り上げられていないのかについても、当事者であるとなかなか冷静に判断することは難しいでしょう。自分の正しさを信じすぎる人は楽観論に陥って、足をすくわれることがあります。被害的意識が強い人は、あきらめムードが大きくなってしまいます。調停委員のものの言いようや表情、調停委員を通じて入ってくる相手方の情報を分析して、こちら側の修正するべきポイントを発見して、戦略を組み立て直すということは、岡目八目の例えのとおり第三者である弁護士がより冷静に判断し得るということになるでしょう。

 

 4)何をどの程度提案するかをまとめる

   こちら側としては、ずうっと毎日一緒に生活を共にしていたわけですから、要求度は、裁判所から見て高くなりすぎる傾向になることも当然のことです。

   しかし、相手方の負担が大きくなったり、到底受け入れられない提案をしてしまうと、初めから提案が無かったことになるような扱いになることも出てきてしまいます。

   お子さんにとっては、親に会うか会わないかは天と地との違いがあると思います。かなわない要求を出すより、ワンチャンでも会える可能性の残した提案をするべきだと思います。ただ、その提案の内容を決定するのはご本人です。弁護士は、選択肢を提起したり、メリットデメリットを情報提供するという役割になるでしょう。

 

2 弁護士を入れるデメリット

 

 1)相手が警戒する

   弁護士という職業の人間は一般の方は見たこともない人の方が多いと思います。相手に弁護士が付いたとなると警戒して、こちらも弁護士を依頼するという行動をとられてしまうこともあるかもしれません。その弁護士が、強硬な弁護士であれば、お話し合いが進まなくなります。どこまでも対立構造が続いてしまう危険性があります。

   だから最初は弁護士をつけないで調停をはじめて、調停委員のこちらに対する態度が腑に落ちないとか、言う場合に途中から弁護士を選任するというパターンも実際にあります。

   もし相手と連絡が取れるのであれば、調停を申し立てた理由は、直接話しづらいと思うし、直接顔を合わせなくて済むというので、(相手方に配慮して)調停を申し立てたと連絡し、弁護士を選任したのも、上記の弁護士を選任するメリットを考慮したということを説明しておくことが良いかもしれません。

 

 2)費用がかかる

   弁護士を選任すると費用がかかります。選任前にきちんと見積もりを書面で出してもらい、覚悟を決める必要があります。上記の内容で費用対効果をよく考えて決める必要があると思います。

   調停を弁護士を頼まないで申し立てたとしても、事前の段階や途中の段階など、こまめに法律相談をしておくということも選択肢に入るかなと思います。ただ、これも一回当たりいくらの費用がかかりますので、初めから事件を依頼しておけば、相談費用がかからない扱いをする弁護士も多いので、そのあたりの費用についても聴いておいた方が良いと思います。