そういえば、余命わずかな叔父のことは書いたけど、祖母の病気のことは書いてなかったなぁと改めて気付く。


祖母は実は、【キャッスルマン病】という難病に冒されている。


発覚したのは2年くらい前。


それまでは、“ただの重い貧血”だと思われてた。年も80過ぎだし、田舎オブ田舎なので、診てくれてたのも診療所だし。


ただ、薬効かないし、ずーーーっと何年も続いてたもんだから、「一度検査を」って話から、診療所→普通の病院→県立病院へ。


で、やっと発覚したのが“難病”。そして同時に、肺に影がいくつかあることまで発覚。


リンパに悪さをする病気らしいので、最初は「肺炎の跡じゃないの?」なんて言ってたが、詳細を濁されたまま、現在に至る。


最近は新しい薬が効くらしく、貧血もだいぶよくなったらしい。


肺の影についても、母いわく、「年とってるとガンでも進行遅いから、あえて言わないんじゃない?」との予想。


今朝電話した時も、「ばーちゃんは元気だから!!」と、何度も何度も言う。


祖母を含め親戚には、私の病のことは伏せられている。…両親は、世間体が命だからだ。
「体を壊して療養してて、今は仕事探し中」と言うことになっている。


85歳の難病持ちの祖母に「元気だから」と言われても、さすがに全く安心できないよ。


「来年は一緒においで」と言われたけど、ネットで調べた【キャッスルマン病】の情報では、祖母がどれだけ危ないのか、あるいは平気なのかが全然わからない。


できるなら毎年帰らなきゃ……その年が最後になったっておかしくないんだから。



ばーちゃんの芋煮が食べたい。煮物が食べたい。
寒天食べたい。小さくて可愛い笑顔がみたい…


パートいつまで頑張れるかわからないけど、少しお金に余裕ができたら、都内とかの名所回って、たくさん写真を撮りたい。


本当は一緒に回りたいけど、お金もないし、無理させられないから、私にできるのは、色んなところにいって、色んな写真を撮って送ること。


ばーちゃん、実は山形から出たことないから…


仕事落ち着いたら、親友に頼んで、穴場スポット探してもらおうかな…彼女は本当に、いい場所を知っているから。


ばーちゃん、待っててね。
昨日から母が帰省中。


元々まとまりのない家族なので、母が出かけた時点でみな、好き勝手に過ごしだす。


母を見送って家に帰ったら、父は既に泥酔※まだ午後2時


妹は夕方から念入りに化粧を始め、大雨の中お出かけ。※てっきり外泊かと思ったら夜中に帰宅。



今日は朝4時に目が覚めてしまったので、お湯わかしたり仏壇にご飯供えたりしてたら、父起床。


しかし、私がご飯の支度をしてくれないのを察すると、機嫌を損ねて布団に戻ってふて寝。※だって料理できないもの


で、私は、こんな時だから…と、前々から決めてた【朝マック】をしに、駅前まで大雨の中散歩。


実はこの駅前のマック、明日撤退してしまう(笑)


春に駅前の大手スーパーが撤退してから、近所の飲食店が気付けば撤退続きで…


まだCoCo壱とすきやがあるけど、この二つがなくなったら、もう私レトルト一色になっちゃう……


数年ぶりに食べた、朝マックの味。なんだか、すごく旨く感じる。…でも、客は私一人※朝6時半


これからは、朝マックが食べたくなったら、チャリで15分かかるとこまで行かなきゃいけない。


降りが激しくなった雨の中家に帰ると、妹が朝風呂した後で、朝から山盛りのカレーを食べて、なんとなく魂抜けてそうな感じでボーっとしてた。※父、まだふて寝。


祖母の家に電話をかけると、母から何度も「おかずは絶対買うな。たくさん貰ったから。皆に伝えて」と、口を酸っぱくして言われる(笑)


料理の出来ない私は、すきやのチーズ牛丼に朝マックに、“外食バンザイ”な生活を満喫中※コレステロール心配


なんだか腹いっぱいで眠くなってきたけど、「明日また朝マック行って、今度はホットケーキ頼んでみようかな…」なんて思ってる自分がいる。


でも1番食べたいのは、ハッシュドポテトかなあ♪


※夜中帰りの妹、朝風呂・朝山盛りカレー後、今また入念に化粧中。御年27歳。…未だ衰えぬ体力。う、うらやましい…
今日ハロワに行くも、応募希望の案件には既に22人も殺到しており、早々に応募を締め切られ、結果、ボウズとなってしまった。


お昼を食べ、プリンター用紙とインクを買いに行き、「自分は何してんだろなあ」と、なかなか帰る気になれずに大宮駅近場でウロウロしていた。


母にメールしたら「早く帰ってらっしゃい」と返事がきたので、とりあえず家路につくことに。


母が用意してたおやつの団子を食べながら、世間話しつつ、ニュース見つつ、「ほんとこれからどうしよう」と、それで頭がいっぱい…


部屋に戻ってケータイを見ると、何やら点滅している。


「どうせまたどこかの路線が遅れてるんだろう(遅延お知らせ登録してるから)」と開いてみると、【不在着信】の文字。


「もしかして、あの書類送ったとこ、キター??」


が、画面を見ると、昨日連絡がくるはずだった、私を忘れ去った企業から……


しかし、留守電は無い。


「不採用なら留守電でいいのに…」なんて思いながら、一応折り返す。



で、やっぱり忙しくて、連絡するのを忘れてたとのこと。


しかし、その後に続く言葉は想定外。



「条件が全部可能なら、ぜひとも来ていただきたい」



「あら??」


条件①:15時~20時勤務
  ②:シフト制週5
  ③:残業の可能性あり
  ④:雇保は試用期間あけてから



もちろん、全部のみました。で、めでたく採用となりました。



今日ハロワで思ったことは、自分が感じてる以上に、自分だけじゃなく、年上も年下も、パートから何から【職】が無いと言うこと。


窓口の隣の席では、“簿記2級持ってるのに、実務がないから”…と、仕事に困っている人。


少し離れた席では、私同様の常連さんらしく、職員と、「10月の2週目には決めたいって言ってたのにねぇ」と、少し反省会モード。


検索してる時も、両際のオジサンは石みたいに固まったままだったし。



これが、今の日本の現実。


夕方からだろうが、事務なのにシフト制で時給も安かろうが、仕事があるだけまだマシなのだ。


病が悪化して2年と7日目、やっと事務の仕事を手にすることができた………


ああ、なんて長くて、曲がりくねった道だったんだろう…


勤務は、来週の火曜日からになった。


正直、体調にはまだ不安がある。


カウンセリング通い始めたけど、気分がオチた時に、どん底まで行かせないよう常に注意を払わなければいけないし、もちろん、キレて暴れないようにもしなければならない。


それに、人嫌いにも拍車がかかった…というか磨きがかかったし、人間関係の折り合いのつけかたもネックになってくる。


嬉しい反面、問題が山積みだ。


この採用は、私にとってゴールじゃなくて、むしろ新たな冒険の始まりだったりする。


さて、私はどこまで頑張れるだろうか…

自分を信じるのが正直怖い。
先日書いた、末期ガンに冒され、余命いくばくもない叔父の件。


今週の土日に、母だけが【恒例のバースデー帰省】を装って、ほぼ日帰りみたいなスケジュールで山形に行くことになった。


「あの人、ああみえて気がちいせぇから、ほんとのことなんか言ったらてぇへんだ」…と言う理由で、余命は本人に伝えられてないらしい。


だから、もう助からないけれども、表向き、抗がん剤治療は行ってるようだ。


ただ、苦しいだけなのに……


それに、“全員で会いに行ったら不信がられるかも…”と言う理由で、やっぱり母だけの帰省になった。


「また今年も、誕生日に帰ってきちゃったの」と、例年通り明るく演技する母も、さぞ心中複雑だろう。


叔父につく最後の嘘になるのだし、その横には、いつくるかわからない運命の日まで、毎日嘘をつき続けなければならない姉がいるのだから。


私たち他の家族は、たぶん葬式に行くこともないだろう。


母の兄の時も、祖父の時もそうだったから…


母の実家の集落は、本当の意味で“田舎中の田舎”で、葬式なんかも地域性が強くて色々とめんどくさいらしく、些細なことが気に入られなかっただけでも、それが暫く近所のお茶時のネタにされるのが普通らしい。


それを見せたくないのか、それとも、埼玉に住んでるのに「東京の人」と呼ばれてるうちらが何言われるかわからないのが心配なのか、私たちは親戚に最期の挨拶さえできないのだ。


もう14年会っていない叔父の記憶は、おぼろげだが、豪快に笑っている。


もしかしたら、明らかに弱った姿が最期として残るよりも、おぼろげでも、元気で笑っている記憶が残ったほうが互いに幸せなのかもしれない。



本音は、可哀相だからこれ以上苦しまないで欲しい…でも、可愛い二人の孫娘たちのために、一日でもいいから長く生きて欲しいと思うのは……酷なんだろうか?
先週受けた、短時間の一般事務パートの面接。


求人票内容とやや違うところもあったが対応出来そうだったし、何よりこれ以上仕事を選べる立場でなかったので、必死のプッシュで、少し手ごたえを感じられる面接だった。



が………



“今日の16時頃に採否連絡をする”と言われていて、30分くらい前からソワソワしながら携帯にはりついていたが、待てども待てども電話は鳴らない…


何度も何度も、「自分から問い合わせようか?」と思った。しかし、「忙しい会社だから」…と、仕方なく待ち続ける道を選んだ。


一時間経ち二時間経ち………あっという間に、「さすがに、もうこんな時間には鳴らないだろ」と言う時間。



「普通に考えて、“雇おう”と思ってる人間に連絡し忘れることなんてないよな」と、改めて自分が忘れられたことを認識。



時給は安かったが自転車で何とか通えるし、事務内容も今後に繋がりそうだったので大変惜しいが、母は、工場の自分の仕事より時給が安いこととシフト勤務であることを不安に思ってたらしく、「他のほうがいいよ」と言ってくれた。


面接を受けたのと同じくらいに応募した書類選考からのパートの仕事も音沙汰ないから、たぶんそのうち紙だけ戻ってくるだろう。


「受かったら明日は報告だ」と思ってたが、結局明日はいつも通りのハロワ通いになることになった。



…誕生日が来るまでに、仕事見つかるだろか…


私の無職ライフは、今日も更新されてしまった。
今日は、薬をもらいに病院に行ってきた。


もう、他の病院でカウンセリングも受けてるし、だいぶ前から事務的なやりとりだけの関係。


今日も、薬を増やす・減らすの希望を伝えて、それを処方箋にしてもらっただけ。


彼には既に私の話を聞く気もないし、私も彼に容態を話す事がムダだと理解している。


自立支援を更新して、新しい病院を探すまでの辛抱だ。



それにしても、今年の夏は辛かった。



カウンセリング探しに手間取ってる間に、自傷行為を身につけてしまったのだ。


私は、イライラすると、それを自分で止められずに暴れてしまう。


しかし、既に部屋は目茶苦茶だし、暴れたら暴れたで、父親から罵声となじりをダラダラと受けなければならない。


「暴れたくても暴れられない」…そのフラストレーションが、ふと、ペン立てに入っていたカッターに目をいかせた。


かまって欲しくてやってるわけではないので、跡が残らない程度に、血が出ずに痛みだけを感じる程度に、バイオリンの弓を弾くように、ゆっくりと何度も腕を戒める。


今週も調子が悪かったから、袖をまくってもばれない高さのところに、フェンスにつけられた鉄線みたいな傷をつけた。


刃を取り替えたからか、今回はあちこちから、少し出血させてしまった。



「悪い子ね。おとなしくしなさい」



そう囁きながら自分の腕を切る自分が、とんでもなく気持ち悪いキチガイに思えてくる。


まあ実際、暴れてる時点で十分キチガイなんだが。


この傷が治る位には、どうせまた私は新しい戒めの傷をつけていることだろう。


ああ、長い長い夏が終わってよかった。

…これからは、誰にも見られる心配がないから。
今日は晴れてたせいもあってか、“ネガティブスパイラル”から脱出し、無事ハロワに行くことができた。


…まあ、昨日寝付けなかったせいで、朝ひどく起きられず、目覚めたのが10時半でかなり出遅れたけど。


今日は、書類選考があるところに一件応募することにした。


できればすぐ面接してくれるとこがいいけど、まあそううまくいくわけない。


それに、すぐ面接してくれたところで受かるわけでもないんだな、これが。



1番心配なのは……明日面接なのに、朝から本降りなこと。


天気が悪いと…“ネガティブスパイラル”が、起きたら復活している可能性があるのだ。


面接は午後だから、薬を飲む手もある。


…ただ、眠くなっちゃうのよね。


うっかり意識飛んで、目覚めたら時刻過ぎてた…なーんて悪夢を、前日によく見てしまう。


しかし、あきらめたくないと言う小さな灯が、私の心の中にある。


土日を使って、派遣サイトも久しぶりに覗いてみようと思う…まあ、相変わらず仕事はないだろうが。


でも、数を撃たなきゃ、的には当たらないのだ。


うまく中心に命中してくれればいいんだけど。


それにしても明日の面接、カッパ&傘の重装備で行かなきゃ。寒さ対策もどうしたもんか。
今日、親友から手紙が届いた。


一緒に、手先が器用な彼女が作った、和紙?素材の四つ葉のクローバーが入っていた。


手紙には、「仕事決まらなくて辛くても、探すのやめないで。やめたら、見つからないから」と書かれていた。



実は、日曜の夜から具合悪い周期に入ってしまい、見事な【ネガティブスパイラル】に陥って、毎晩泣いて暴れて腕切って、とにかく散々な数日をすごしていたのだ。


でも、それよりも私は、彼女が、自分が大変な時期にわざわざ私に手紙をくれたことのほうが驚きだった。


彼女の母親は、昨日ヘルニアの手術をしたばかり。成功したものの、術後の辛そうな顔を見て泣いてしまったと、メールを貰ったばかりだった。


手術前の1番不安な時期に、彼女はこの手紙を書き、クローバーを作ってくれた……そう思ったら、いい年してスネて泣いて暴れてた自分が、どうしようもなく恥ずかしく思えてきた。


そんな中、一社、面接を受けられることになった。勝負は明後日だ。


クローバーは、申し訳ないけど、いつも目に入るとこに置きたかったから、机の上の、汚い筆入れの上に置くことにした。


本物より嬉しいなと、お世辞抜きで思った。


蛍光灯のあかりにわざと透かしてみて、面接と試験の勝機を祈る。



病気になってから、私は何度も、自分を不幸だと思ってきた。


でも私には、私を幸福にしてくれる女神が、ずっと側に、今も変わらずいてくれたのだ。


自分で言うのもなんだけど、「彼女がいるから、きっと私は大丈夫」と、少しスパイラルから抜け出せた気がした。
医者の薬も効いたし、検査も無事に終わったし、元気いっぱいでハロワにも行けたおかげで、安心したのか、食後についついうたた寝してしまった。


気付くと、テレビから聞こえるさんまの声。


「やだ!“ホンマでっか”始まっちゃってる!」と、寝起きでボーっとしながら見てて、内容に笑った瞬間…




【ズキッ】


左こめかみに走る、鈍い痛み…


「またぶりかえしてるやんけ!!」


怒り心頭だけど、怒ると余計頭に響く…イタタタタ



また痛くなってんのに、コレ、ほんと【異常なし】なんか?



しょうがないから、「我慢できなかったら飲んで」と言われた薬に、すぐ手を伸ばす。


…だって、これ以上頭痛いのやなんだもの(-_-)


一週間のうち、何日頭痛になってんのよ…


私はシロートだけど、確かに見せられた画像には、【いかにもやばそう】な部分は写ってなかったと思う。


やっぱこれ、風邪とかからきてるのかな…


そういうのって、ああいう画像には写らなそうだし…


ああ、頭痛くて風呂入れないよ…


でも、今日暑くてすごく頭に汗かいたから、せめて髪だけでも洗わないと、明日大変なことになってそう…


でも、頭に振動いくの確実……


そんなかんなで、頭痛再来の夜は、刻一刻と更けてゆくのでした…



もう、かんにんして……
ハロワの親切なおじさんがピックアップしてくれた短時間パートの案件、色々見るも、どれも厳しい。


短時間だから交通費が出ない&マイナスだと困るし、駅から徒歩30分とか言われて地図見ても、なんか田んぼしかなさそうだったり。


贅沢は言えないけれど、労災だけでなく、できれば雇保もあってほしい…


…まあ、母のパート先なんか、交通費も有給も労災もないんだから、そこに比べたらまだマシなんだろうが…



おじさんと吟味した結果、【最寄り駅からかなり遠いけど、地図をよく見たら、なんと自宅からチャリで行ける距離な会社】が見つかった。
まあ、30分くらいはかかりそうだし、大きな橋を渡るのキツイんだけど。



しかーししかし、まだ安心はできない。



応募オーケーと言われたが、「火曜日の2時半に、応募の電話、本人からかけさせて」と言われたのだそうだ。


現在のそこの応募者は一人。


でも、その人面接して、「なんか、この人でもういいじゃん」みたいな空気になったら、私、電話しただけで断られる展開になりそうじゃない??



おじさんとの会話終了後も、フルタイムパートも一応検索。


…やっぱ案件全然増えてないし、資格持ち前提が多いやら、書類審査多いやら…


隣にいた50代くらいのおじさんと一緒のタイミングで、つい大きなため息…


結局、一件も印刷せずに諦める。



事務にこだわらなきゃあるだろうけど、これ以上職歴ボコボコ&複雑にするわけにはいかない。


今後のためにも、どうしても事務でなければだめなのだ。


でも、簿記まだないし、TOEICなんて、ここに書けないくらい低いし。


たまに、パートなのに、「中国語堪能な方」とかあるけど、それならもっと稼げることしてると思うよ。


ああ、来週はどうなる?


頭痛治ったのに、頭が痛い…