【 2011年04月07日01:48 更新】


お疲れ様です。更新が追い付かず申し訳御座いません。これは3月29日分(※2/2ページ目)のご報告、及び4月6日時点の追記補足になります。

主な内容としましては、前半に続き別のもう1施設様のご報告になります。足を運んで下さっている皆様には大変読みづらくご不便をお掛けしております。
しかし、地区により支援と復旧レベルに大きな格差が生じている内地の現状を、私の知るほんの一部でも皆様に知っていただければと思いますので、どうか今暫くお付き合い下さい。宜しくお願い致します。

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【29日・2/2ページ目】

前日記で、他の福祉施設様方の情報が入ってきていないことは申し上げました。確かにこの混乱の中ではご自分のところを守るだけで精一杯だったのは想像がつきますし、施設職員様方もそう仰っていました。
しかし本来なら、市内各福祉施設等を取りまとめている市認定のNPO「地域包括センター」というものがあるのだそうです。が、そちらも震災の影響でかうまく機能していないようで、それよりも寧ろ、社会福祉協議会がこうした施設様方のために迅速に動いてくれているとのことでした。

決して小さくはない施設様でさえこの混乱具合です。実質上のとりまとめ機関が機能していない現状において他施設様は大丈夫かと、T様とY様はご縁のある各地の福祉施設様にご連絡を取り実態を確認して下さいました。
結果、連絡がついた施設様のうち大部分は同じような混乱はあったものの、本日29日までに水道が回復したり自衛隊が入って下さったりして何とかなりそうだとのことでした。

しかし1ヶ所、津波被害を受けた地区のすぐ側にある施設様は違いました。「水が出なく、物資調達も困難で困っている。もらえるものは何でも欲しい」というお答えでした。
聞く限りこちらの施設様より逼迫した状態でしたので、急遽Y様方のご了承を得て物資をそのまま積み直し、自分達も様子を確認したいというお2方にもご同行いただいてその施設様に向かいました。

その施設様は小規模な有料老人ホームで、市中心部からは車で40分ほどの海沿いの地区にありました。津波被害を受けた地域からは徒歩で数分の場所です。
震災前は家々がひしめく漁師町でしたが、伺った時点ではまだあちこちで塀が倒れたり屋根が落ちたりしたままで、元々狭い道は小型車が通るので精一杯でした。
施設様の前の道路も倒壊した家屋で塞がれ通行止めでしたが、付近住民の方のご了承を得て車を敷地内に停めさせていただき、そこから人力で物資を搬入しました。

こちらは簡単に申し上げますと、一つの家をそのまま共同住居にしたような施設様です。
伺った時点では寝たきりを含む17名の入所者様と、津波で家を失ったりした方を含む職員様10名程が1階フロアに身を寄せており、実質的な施設内避難状態にありました。
施設長様は小柄な60歳代の女性で、最初に伺った時点ではお留守だったのですが、持ってきた物資を届け、スタッフ様方から施設状況の詳細や別の抜け道をお聞きし、更に足りない物資をNPO様から急遽分けていただいてもう一度施設様へとって返したところ、お会いすることが出来ました。その際皆様から伺ったお話が以下になります。

【有料老人ホーム・E様のケース】
●施設被害
大きな損傷はなし。ただし周辺は瓦礫で道路が塞がれていて、現状中型以上の車種での物資搬入は困難。周辺地域と同様に水道、電気、電話がストップ。
〇電気と電話は数日前にようやく復旧。
〇水道は、周辺地域の被害が甚大で復旧の目処が立っていない。被災後1度だけ(3~4日前)市職員様が水を500リットル持って来て下さったが「次いつ来れるかはわからない」のお言葉だったそう。その他市からは特に訪問等はなし。
施設長様が数日に1度、車で20分ほどの給水場に1人で水を汲みに行っている。しかし人手とガソリン不足のためそう何度も行けない。
〇ガスはプロパンのため点検して利用開始。
●利用者への影響
勿論施設機能は停止。通常の介護が出来ず、食事も被災前の在庫で食いつないだ。米は炊けるがおかずがない。
〇ここ数日でようやく市内に物資も入ってきたようだが、買い物に行くのにもガソリンを使う上に開いているスーパーは長蛇の列で実質調達は困難。特に高齢者に食べさせたい野菜等の生鮮食品が手に入らない。栄養士の方が頑張ってくれているが状態は良くない。(因みにこの日の昼食を見せていただきましたが、焼きそば・りんご及び簡単な汁物でした)
〇高齢者は肌が乾燥してしまうので入浴させてあげたいが、水がない上に浴槽も壊れている。先日市が運んでくれた水をコンロで沸かし、たらいに入ってもらって1度だけ掛け湯をしたとのこと。トイレは勿論流せないので、ポータブルトイレにオムツを敷いて処理している。
〇皆、長い被災生活でストレスが溜まっている。数日前にテレビが見られるようになってからは幾分か違うようだが、普段と違う生活環境は確実に負担になっており、入所者様方の生活リズムや体調に支障が出てきている。
具体的な一要因として考えられるものに就寝時の環境がある。被災前は利用者様方は2階各部屋で寝ていたが、被災後、特に夜は更にスタッフ数が減って目が行き届かなくなるため、現在は全員1階フロアに布団を敷いて寝てもらっている。(寝たきりの方は常にスタッフの目が届くよう1階フロアにベッドを設置済)
●人に対する被害
利用者に怪我人はなし。しかし災害の影響を受け職員数は震災前の2分の1に。
人員が足りず職員1人あたりの負担が大幅に増えている。職員様自身が被災しながらの介護も長期に渡っており、全員疲れの色が濃い。
●支援
通信が回復して以降、市役所から物資配布に関するFAXは流れてくるようになった。(FAXの内容については後述にて別記)民生委員や区長は今どうしているのかわからないとのこと。
●物資
物資が安定して入ってこない。不足物が出ても人手やガソリン不足のためなかなか行けない。ようやく業者に連絡がつくようになり、オムツは注文出来るようになってきたとのこと。

【市からの物資配布に関するFAX】
こちらの施設様には、市から物資配布に関してのFAXが送られてきていました。4枚綴りでFAXされてきていたそれによると、市の物資「配布」法は以下の通りなのでそれに従って「受取りに来るように」との指示でした。

1.市からFAXで送られてきた「所要物品等申込票(食料品23品目・消耗品20品目が表に記載され、欄に必要分量を記入する形式)」にチェックを入れ支給指定日前日の正午までにFAXし、役所の了承を得る→

2.市側が指定した支給指定日(週2回)に、物資集積所である競輪場まで受取りに行く→

3.受付に、事前FAXした書類や身分証明書等を提示し該当施設の報告者本人であることを確認→

4.物資を渡されるので積んで帰る
(受取り側は競輪場の中に入れないので、自分の目でより施設の実情に沿ったものを選定し持ち出すのは不可能/例えば大人用オムツには座れる人用(パンツ式)や寝たきりの方用(テープ式)等様々なタイプがあるが、票には「紙オムツ・パンツタイプ(大人用)」しかなく、実質使えないものを渡される可能性もある)

注意事項として「枠外に必要物資を記入されても物資を受取ることはできません」とも記載されており、例えば品目になくても必要な乾電池や身体拭き、ドライシャンプーなどはこの書面をみる限り配給対象外と思われます。


この施設様のように、まだ水の出ない地区も、更には電気さえ回復していない地域もあります。それでも様々な理由から自宅待機をしていらっしゃる方がいます。
この施設様はまだ「取りに行ければ」物資が手に入るので良いかもしれませんが、そもそも各家庭への物資配布は28日時点で打ち切られました(その物資配布も実際は数日間しか行われませんでしたが)。
市は、要支援者の家庭には区長や民生委員が届ける対策を取るとしましたが、私の住む地区のように、区長が既に県外に避難していたり民生委員に何度電話しても連絡が取れなかったりした地区もあります。行政が、今どの家に誰が自宅退避しているのか実態を把握出来ていない地区もあります。それら行政の「想定外」の人々は、一体どうやって生活すれば良いのでしょうか。

乱暴な言い方ではありますがこれはつまり「避難所には物資がある。生きたいなら避難所に来い。自宅待機の市民は自分で何とかしろ。生きようが死のうが自己責任であり市は責任をもたない」と、そういうことでしょうか。

「民間や市民のご協力をいただき」の言葉も使いようで、実質殆どを民間やボランティアの方々や市民にやらせ負担させているのがいわき市です。市民に「何をしてるのか分からない」と言われているのが今のいわき市です。これで「対策に何も問題はない」のでしょうか。

因みに物資を引き取りに行く際は勿論施設職員様の車で行きますので、ガソリンもかかります。平競輪場は市の中央部にあり、この施設様からすればかなりの距離です。ガソリン不足のこの時に長距離を「取りに来い」というお役所の考えがまず私には理解出来ません。
市民の目線に立ち、立場に沿うのが行政なのではないのでしょうか。行政は一体市民の現状をどの視点から見ているのでしょうか。

また、ガソリンの件ですが、こういった福祉施設様の車なら、市の災害対策窓口で手続きをすれば「緊急通行車両確認証明書」が貰えます。これがあればその車は緊急車両扱いになり、スタンドに並ばずとも優先的にガソリンを入れられるようになります。
が、それを貰ったか伺ったところ「そんな話は聞いていない」とのことでした。被災して3週間経つ現在において、こちらの施設様にはその情報さえ回っていませんでした。

勿論自ら情報を取りに行かなかった施設様にも非はあるでしょう。しかし現実に、この混乱の中正確な情報を集め動けた人がどれだけいたでしょうか。高齢者の多い市内において、果たしてどれだけの人が情報に取り残されることなく迅速に動けたでしょうか。それが出来たのは、動ける若者層だけなのではないでしょうか。

お話を伺う中でわかったことですが、この施設長様は一般的な年長者様に輪をかけて更に、他人に迷惑をかけまいと何もかも全て一人で背負い込み我慢するタイプの方でした。水汲みも買い出しも、他の職員も疲れているからとお一人で動き、外部からの協力の申し出には迷惑をかけまいと「大丈夫です」と実情を明らかにしないまま断ってしまっている方でした。

お心が優しいのは大事です。他人を気遣うのも自ら動くのも大事です。
しかし、この緊急事態はそれでは乗り切れません。現にこの施設様は、外部の手が入らなければ状況が悪化していたのは明らかです。職員・利用者・市内・外部の手の別なく、全員で助け合わなければ共倒れになるという意識と危機感が薄いように、私などは感じました。
そしてこの危機感の薄さは同様に、いわき市の行政にも言えます。市の風土としてそういったところがあるのかもしれませんが、それでは、この未曾有の災害を乗り切ることは出来ません。繰り返し申し上げておりますように、今起きていることは前代未聞の事態なのです。それなのに、今までと同じことをしていたのでは駄目なのです。

民官の別なく、密に情報をやり取りして一刻も早い対応をしなければなりません。今まで通りでは乗り切れません。それを市内全土で意識しなければいわきの復興は無理だと、各地区を回る度に認識する毎日です。

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【4月6日・追記補足】

こちらの施設様は現在、だいぶ落ち着いてきました。
道路の瓦礫は翌日に近所の大工さんによって取り除かれました。29日以降物資が安定するまでは、私共やNPO様が必要なものを運びました。水道復旧の見通しは未だ立っていませんが、道が通れるようになってからは毎日、他県からの給水車(ボランティアで来て下さっている方々のようです)が代わる代わる来て下さり、施設前まで車をつけて水を届けて下さっています。4月に入ってからはスーパーも前のような混雑はなくなり、ガソリンも前に比べれば入れられるようになりました。

しかしこれらはほぼ全て、民間の皆様のご協力とご尽力の賜物です。外地や内地の企業様や、外地からボランティアに来て下さった皆様、そして市民個々人が「いわきを、人を助ける」という意志の下に全力で動き、助け合った結果です。私の見聞する限り、残念ながら市は結局最後まで、この施設様に自ら手を差し伸べようとはしませんでした。
ですが、民間も結局は個人です。行政の助けなしでいつまでも手厚い支援を続けるのは不可能です。災害や原発問題により全市民が長期的な被害を被っている中ではなおさらです。民間だけでは何をするにも限界があります。

だからこその行政なはずです。こういう緊急時にこそ、最も積極的に動き、機能すべきなのが行政なはずです。先頭に立ち、民間を引っ張り、市民の命と生活を守り、支えるのが行政のはずです。
残念ながら現状では、民が官を支えているようにしか見えません。本来あるべき姿とは逆の状態になっていると感じざるを得ません。

いわき市の行政は何のためにあるのか。市の上層部の方々には、それを今一度考えていただきたいです。


頑張っぺ、いわき!頑張っぺ、浜っ子!俺らは、生きてる!!