【 2011年04月11日05:46 更新】



お疲れ様です。更新が追い付かず申し訳御座いません。ですが、取り急ぎ、お伝えします。

相変わらずの個人活動ではありますが、私は現在市内の「久之浜(ひさのはま)地区」を中心に奔走しております。ここはいわき市でも最も被害が大きい場所の1つです。
そしてその久之浜が今、SOSを発信しています。

私の拙い文章では、どこまでお伝え出来るか分かりません。しかもその内容さえ、私が見聞し確認出来たほんの一部でしかありません。それでもどうか、最後までお目を通していただきたいのです。これは、久之浜からの切実な声です。どうか、お願い致します。

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地図で見ていただければすぐ分かるのですが、久之浜はいわき市の最北端に位置しています。
そして、原発からは南へ30キロです。市内で唯一、屋内退避圏内に指定された地区です。

皆様既にご存知の通り、先月11日にいわき市も被災しました。中でも特に海沿いの地区は、全域が地震と津波の二重災害で壊滅的被害を受けました。
久之浜地区も例外ではなく、大津波に多くの家々が呑まれ、流され、破壊されました。中には集落の全てがさらわれて、気味が悪い程に見晴らしの良い、ただの砂と瓦礫のみになってしまった地区もあります。
何名もの方が亡くなり、火災も起き、一時はライフラインも全て断たれて生活することがほぼ不可能になりました。地区の方々の殆どは市内の避難所をはじめ、全国各地の親戚や知人宅へ散り散りに避難しました。

そして、同じく甚大な被害を受けた原発で事故が発生しました。

国は被曝の可能性を防ぐため30キロ圏内に「屋内退避ライン」を引きましたが、それは同時に皮肉にも、久之浜地区を陸の孤島へと変えるラインでもありました。
先にお伝えしておきますが、久之浜の放射線量は他の地域と比べても決して高くありません。例えば区役所職員様が計った4月9日10:00時点の久之浜駅での測定結果は、0.73マイクロシーベルトでした。そして各地の測定数値をチェックしている方ならすぐお分かりになるかと思いますが、同日同時刻にこの数値より高い測定結果が出ている場所は、30キロ圏外にもあります。
ただ、同心円上に30キロ圏内のラインを引かれてしまったがために、久之浜地区は更なる苦難に見舞われることになったのです。

人々の放射能への恐怖があらゆる物の流れを止め、人を止め、放射能と風評被害による前代未聞の三重被害、四重被害が発生しました。その人災の影響は久之浜だけでなく、いわき市や南相馬市等を含む原発周辺全土に及びました。

4月10日現在、私が現地で見聞した限りで申し上げますと、久之浜地区の現状は以下の通りです。


●ヒト
地区住民約5800名のうち、区役所で把握出来ているのは避難所の約1000名と、自宅に戻り屋内退避をしている約700名。
その他4000名は各地に散り散りに避難しており所在不明。現在連絡があった方から名簿を突き合わせているところだが、依然として大多数が不明のまま。
(もしこれをご覧になっている方の中に、久之浜から避難所以外に避難した方がいらっしゃいましたら、区役所に現在の避難先をご一報下さい。区長様をはじめ皆様心配しております/四倉公民館内、久之浜・大久臨時支所:0246-32-8130)

《以下は屋内退避圏内に関して》
●モノ
一時期は深刻な物不足だったが、ここ暫くで物資も比較的調達しやすくなってきた。ようやく市内の物流(特にガソリン)が回復してきた影響が大きい。
しかし殆どの方が地区外に避難しており、依然として(特に被害の酷い海沿いに近付くほど)多くの店が閉店している。物資を入手するためには、物流が回復している地域まで出る必要がある。
また、自力では物資の調達が困難な要支援者が、役所が把握しているだけで十数名いる。現在は住民の方や地区長様等の方々のご協力を得て支援物資を届けてもらっているが、きめ細かな対応にまで手が回っていないのが現状。市からは水とカップ麺が支援物資として届けられているが、実質要支援者に適した食事内容ではない。高齢者が食べられるようなお粥や、缶詰等の保存のききバランスよく栄養の取れるおかず、漬け物等欲しいものの細かいニーズを喫緊にまとめ、要望を出すとのこと。
今週から業者と組みバイク便での直接配給も予定しているが、要支援者の中には流動食しか食べられない方もおり個々人で必要なものが変わるので、一刻も早いニーズの吸い上げと迅速な対応が急務。
●ライフライン
沿岸部を除いては水道も7~8割が復旧。全体的にはライフラインが回復しつつあり、それに伴い避難所から自宅に戻る人も増えている。
しかし、今後はそうした新たに戻った方、その中でも特に要支援者をどう把握し支援していくのかが問題になるとのこと。
なお、壊滅的被害を受けた沿岸部はライフラインが全滅したままの場所もあり、復旧の見通しは不透明。
●医療
4月9日時点では、他県ボランティアの医療チームが久之浜小で診療してくれている。在宅の要支援者に対しては7、8日と自衛隊の医療班が各戸を回り薬も処方してくれたとのこと。
その一方で、地区に戻り医療を再開したいと診療所の修理を依頼した医師が、業者に30キロ圏内であることを理由に断られたケースも出ている。その医師は現在各避難所を回って治療を続けているが、機器を使わずに出来る医療には限界があり、実質地域医療再生の目処は立っていない。
●その他、要喫緊対応なもの
○とにかく人手不足が深刻。
4月12日から瓦礫の撤去が始まるが、市は重機入れを手伝うのみ。自宅から大切な物を回収する作業を手伝ってくれる人員がいない。
久之浜は高齢者が多い(人口の4分の1以上が高齢者)ので、自力では瓦礫撤去が難しく、回収したくても出来ない方がいる。30キロ圏内ということがネックになっているのかは分からないが、他地区より圧倒的に人手が少ないことは事実。
区役所職員も、自らも被災しながら超超過酷業務の中奔走しているが、とても各末端のフォローまで手が行き届かないのが実情。
震災で職員数が減ったこともあり8日まで全員無休の体制で取り組んできたが、心身共に限界。昨日9日にようやく、半数の職員が被災後初の休みを取ることが出来た。
○今後の生活の目処が、文字通り全く立たない。
多くの方が漁業農業に専念し生計をたててきた中、船は使い物にならなくなり、農地は瓦礫と塩と砂で埋まった。
その上放射能問題で、天災被害の無かった田畑を耕すことも禁止され作付けは実質不可能。操業可能な船も漁は見合わせるようにとの指示が出、当面の生活費も得られず全てにおいて逼迫した状態。
将来仮に農漁業が再開出来るようになったとしても、果たして売れるのか不安しかない。補償についても不透明で死活問題。


震災から1ヶ月が経とうとしている現在で、この状態です。
本当に、地区の皆様は全員一致・満身創痍で頑張っています。なのに、それでも追い付かないのです。

地震・津波・原発・風評被害、過去に例を見ない甚大な被害を受けながら、30キロというライン引きをされてしまったために市内の復興からも取り残され、かといって世間の目に触れることもなく、ほぼ孤立無援の中奮闘しているのが久之浜です。
復興に進みたいのに障害がありすぎて進めない、前代未聞の事態と葛藤の中、それでも前を向いて地区を再び立て直そうとしているのが久之浜の人々です。

震災後初めて久之浜を尋ねた時に、津波で集落がほぼ平地と化していた場所がありました。まるで人のいないように見えたその地区の山肌に取り残されていたお寺で、思いがけず80歳と74歳の女性に出会いました。
水道、電気、電話。プロパンだったガスを除くライフラインのほぼ全てが止まっていました。でもその方達は「津波で亡くなった方のお骨を預かっているから」と、強制退去にならない限り動くつもりはないと穏やかに、でもはっきりと仰いました。
30キロ圏内を出たところに設置された臨時区役所には、その方々がそこにいることを知りながら「『屋内退避』である以上、私達が強制的に連れてくるわけにはいかない。私達も自主避難を呼び掛けに行っているが、それも3日に1度くらいが精一杯」と、歯噛みしながら支援物資の手配をする職員様がいました。
「家とガレージが津波被っちまった。物探してぇから瓦礫退けんの手伝って欲しいんだけんちょも」と問い合わせに来た高齢の男性がいました。
区長会議で額を突き合わせ真剣な話し合いをしながらも、合間に「うちの会社の冷凍倉庫は殆ど駄目になっちゃったけど、片付けしてたら正月に穫ったブリが出てきたんだ。昨日久し振りに魚食ったよ。魚。やっぱ魚食いたいなぁ。またいわきの美味い魚食べたいなぁ、おい」と話す漁業関係者様がいました。

今や日本中の、世界中の目が原発に注がれています。テレビでも毎日報道されています。

しかし、そのすぐ側で生活している人々の姿は、最近ようやく取り上げられ始めたばかりです。
そしてその内容も、現時点ではまだ殆どが、現地の全容が分かるようなものではないのが現状です。

放射能が気になるのは当然です。分かります。原発や放射能の情報を流すのはもちろん悪いことではありませんし、報道を咎める気も全くありません。
ですが。

皆様、どうか、その事故が起きている周辺地域にも目を向けて下さい。どうか、もっと、そこに生きている方々のことも知って下さい。

そこに暮らしている方々の命も、皆様と等しく同じ、大事な命なのです。

命は、どこで生きていようと大事な命です。被災地の内も外も関係ありません。老いも若いも関係ありません。命はどれも、世界にたった一つの大事な大事なものです。
一度失えば戻りませんし、その命が生きるうちに負った心の傷も、そう簡単には消えてくれません。

大事な、命です。大事な、心です。自分に非のないことで辛い思いをしていたり、明日の不安に晒されていたり、全ての命は、そんなことのために生きている訳ではないはずです。

被災地は広いです。被害は甚大で前代未聞の規模です。この被災地の片隅にあるいわきの中でさえ数キロ先では違う事態が起こっているのですから、被災地全土ではどれだけのことが起こっているのでしょうか。私には見当もつきません。

皆様、繰り返しお願い致します。どうか、広く、広く、被災地を見て下さい。1人でも多くの方の声を聞いて下さい。そして、もし可能でしたらで結構です、現地に入ってご自分の目で確かめ、肉声を聞き、周りの方へそれを伝えてください。皆様のお声は、確実に、現状を変える最強の力になります。
現に私の地区は、皆様に一緒に声を上げていただけたことで様々なご助力をいただくことが出来、急速に息を吹き返しました。皆様の声とお力添えがなくては、間違いなく、ここまで急速な進展は望めませんでした。

声は、力になります。
声に宿る想いが、個人を、団体を、あらゆるものを動かします。
被災地からの情報を、声を、皆様、どうか一緒に上げて下さい。お願いします。

因みに個人的な考えですが、私は、被災地で復興の兆しが見えている地域は報道に映っているほんの一握りだと思っています。
報道もあまり入っていない、久之浜のような声無き地域、助けを必要としている地域はまだ多数存在しているはずです。むしろ地区から情報が上がってこないということは、地区が安定しているのではなく、それだけ被害が甚大で自ら情報を発信する余力がないと考えた方が、今回の震災の場合正しいのではないかと感じています。
実際、私が行ける範囲を回ってみた限りでは、そういう結論に至らざるを得ませんでした。

どうか、ご助力をお願い致します。被災地は1人でも多くの方のお力を必要としております。この声を届けて下さい。一緒に声を上げて下さい。
どうか、お願い致します。差し伸べていただける手が0と1とでは、無限大に近い差があります。自体が深刻であればあるほどお1人でも多くの声が、お力添えが必要です。どうか、どうかお願い致します。久之浜のためだけでなく、まだ自力で声を上げられない被災地のためにも、今少しのご助力ご協力を、宜しくお願い致します。

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頑張っぺ、いわき!頑張っぺ、浜っ子!俺らは、生きてる!!