「天城一の密室犯罪学教程」 その3 宝島社文庫    日下三蔵編  1180円 20年7月初版 

 

 「天城一の密室犯罪学教程」は、「密室犯罪学教程 実践編」「密室犯罪学教程 理論編」「毒草/摩耶の場合」の三部作構成になっていて、先々週の「密室犯罪学教程 実践編」、先週の「密室犯罪学教程 理論編」に続き、最後のPART3「毒草/摩耶の場合」を紹介する。

 PART3「毒草/摩耶の場合」は、「不思議の国の犯罪」「鬼面の犯罪」「奇蹟の犯罪」「高天原の犯罪」「夢の中の犯罪」「明日のための犯罪」「盗まれた手紙」「ポツダム犯罪」「黒幕・十時に死す」「冬の時代の犯罪」の10編が収められている。「密室作法(改訂)」「自作解説」と「天城ワールドを覗く(山沢晴雄)」、「編者解題(日下三蔵)」、「日本評論社版あとがき」が付録されている。

 10編のうち5編は前に紹介している。こうして全作品を読み終えると、比較的分かり易い、物語として把握しやすい作品がアンソロジーに採用されたことが分かって思わず納得した。

 

 「奇蹟の犯罪」。敗戦から二年後という時代背景。「奇蹟だ! 死者が叫ぶ」と摩耶言った。江戸時代から続く下町の旧家の物置を改造した小屋に寄宿していた女が拳銃自殺した。廊下にいた二人は銃声を聞いて部屋に飛び込んだ。その時急に停電、そして真っ暗闇の中でギャッと叫ぶ声を聞いたと言う。傷口に焼跡がついていて即死なので死人が叫ぶはずがないし小さな物置なので隠れるところはどこにもない。小屋の窓には鉄格子、廊下にいた二人は誰も出てこなかったと証言した。

 

 「夢の中の犯罪」。今夜夫人は留守だという情報を得て、夫人の宝石を狙って窃盗常習者のメッカチの金吉が部屋の中を覗く。明かりがついていて夫人はテーブルの上に寝かされ、赤い服の男が青龍刀を振り降ろすところを目撃する。女の首が切り落され、男は夫人の生首を掴んで金吉に投げつけた。悲鳴と共に金吉は地面に落ちた。

夫人の部屋には内側から鍵がかかっていたことを女中が証言した。窓の下には金吉の足跡しかなかった。

 

 「盗まれた手紙」。<「盗まれた手紙」について>という前ふりがある。「解説付きの小説を発表するということほど途方もない企てはない。「盗まれた手紙」の意図を誤解されないように、最小限の解説をつけておかねばならないと思う。私がポーの「盗まれた手紙」に対してデュパンの論理の一つのミスに挑戦する気になったのは非常に古いことである。この神話について一度は皮肉っておかねばならないと思っていた。この最初の原稿は44年軍隊の中で書いたのが一番古いものだ。この作で狙ったのは、第一に純論理のみによる探偵小説は可能であるかという点、第二に世界探偵小説史上初の「弁証法的探偵小説」は可能であるかの試行である。「この極端な実験に対して、同志諸賢の厳正なる批判を私は心から希望する」とあった。

 「この奇妙にひねくれた、非小説的な探偵物語を公表することは長い間私にとっては一つの課題であった。が読者が私について来て、果たして終わりまで読み終えるかどうか、判断できなかった」という書き出しで始まる。

摩耶が検事伊多元伯爵に宛てた摩耶の書簡の形式になっている。

 

 「ポツダム犯罪」。「戦後的という言葉がポツダム宣言受諾に伴うという意味に解釈するならば、丸橋事件ほど戦後的な犯罪はないと私は断言する」と島崎は摩耶に宛てた手紙に書く。大政翼賛会の大物が戦後医院を改装して丸橋易断所を開設していた。約束の時間に訪問、待合室で待たされる。夫人が現れ、ドアをノックし返事がないので室内に入る、夫人の悲鳴、島崎が部屋に飛び込む。窓が開いていて、窓の外のぬかるみの道の上に丸橋博士が死んでいた。首筋に真直ぐ一本の矢が貫通していた。死体の周りに足跡はなかった。

 

 「黒幕・十時に死す」。警視庁の島崎のところに捜査一課の元警部が訪ねて来た。十年前、警部が自慢にしていた正確無比の懐中時計を摩耶がハンマーで叩き壊したことがあってそれから警部は失踪した。十年前、政界の大物が殺害された。元警部が屋敷の中に入ると銃声と女の悲鳴が聞こえた。二階の部屋を開けると頭部に弾丸を受けた大物と隣室の寝室に固く縛られ猿轡で絞められた女がいた。このままだと俺が犯人にされる、それで俺は逃げたと元警部は言うが、摩耶はその当時から事件の真相を見抜いていた。

 

 「自作解説」が付いている。自作を自ら解説するという大胆不敵さには言葉もない。「不思議の国の犯罪」は「過誤」、一番手を抜いた作が処女作になったのはなんといっても失敗でしたと書いている。「鬼面の犯罪」は「過早」。「明日のための犯罪」について、当時はトリックの独創性が探偵小説の評価の基準とする乱歩さんのご意見が支配的でした。一時トリック万能の傾向が支配的であった時代から、次に動機を重視する意見が台頭した時代がありました。社会派の前ぶれのようなものであったかもしれません。この作品は多分早すぎたようでした。密室トリックをコケにした作品を書きました。作者はいまも理解できないのですが、甚だ好評でした、と書いている。「夢の中の犯罪」は「無思慮」、「明日のための犯罪」は「喜劇」、「盗まれた手紙」は「弁明」、「ポツダム犯罪」は「痛恨」、「冬の時代の犯罪」は「回想」、「夏の時代の犯罪」「変貌」としてあった。

 

 最後にこの本のタイトル「密室犯罪学教程」の「教程」とは、「このコースに従って学べばおおむねその要領を会得できるという意味」の主に軍隊で使われていた用語、という「解説」があった。

 「天城一の描く密室犯罪はメルヘンであり逆説であり、風刺である。本書は、密室とは何なのか、何をなしうるのか、伝説の作家が徹底した理論と鋭利な実作で示してみせた、推理小説誌上にそびえたつ巨大な記念碑だ」という腰巻にあった大山誠一郎の推薦文を締めくくりとしたい。

 この一冊を読み終えて、難解、難解、ところでここは何階だい? などというつまらない呟きが思わず口から出てしまった。くだらない地口遊び、照れ笑い、笑って、分かったふりをして誤魔化すのも一手かなと自分を納得させるしかなかったことを正直に告白する。