ちょっと、みんなに聞きたいことがある。

 

バイト先にAさんという人がいる。社員で、近々転勤するらしい。大阪から遠く離れた鹿児島まで行くというのだ。そこで店長が音頭を取って、寄せ書きをしよう、という話になった。バイト歴8ヶ月の私も、その寄せ書きに強制的に参加することなり、Aさんへのメッセージを考えないといけなくなった。

いや、何を書くかはもう決まっている。そんな次元の話をしたいんじゃない。私の目の前に立ち塞がっているのは、もっと重要でシリアスな問題だ。それは、

 

 

 

その寄せ書きに、『わっせ、きばいやんせ!!(訳:とても頑張ってください)』と書くべきかどうかである。

 

 

 

寄せ書きの鉄則は二つ。他の人と被り過ぎてはいけない、文字数の中央値を下回り過ぎてはいけない。この二つを回避するため頻繁に使われるのは、『定型分+ちょっと気の利いた一文』だ。

 

「ご卒業おめでとうございます!大学でも頑張ってください!」

 

 

「ご卒業おめでとうございます!体育祭のリレーめちゃめちゃ早くて感動しました!大学でも頑張ってください!」

 

とすることにより、まあ内容は薄くても形は整う。整っているように見える。ただ、上記の例はまだ親密度がある方で、私の場合、一年も働いていない、しかも深夜の週3でしかシフトに入らない私と、滅多に店舗にやってこない社員のAさんが交わる瞬間など、この8ヶ月で全部繋げて4時間も無いと思う。そういう事情を踏まえて、私が今考えている寄せ書きの原案を見ていただきたい。

 

 

 

 

『Aさんへ

 

短い間でしたが色々とありがとうございました!

 

鹿児島に行かれるということで、新しい環境で大変なことも多いと思いますが

 

いつものように明るく頑張ってください!

 

わっせ、きばいやんせ!

                                                                                    岩井 博臣 』

 

 

メソッドに則り過ぎて恥ずかしいところもあるが、まあでも、まあ、まあまあの出来ではなかろうか。鹿児島へ行く人に、鹿児島弁の激励(これが+ちょっと気の利いた一文の役割になっている)。確かに若干むず痒いというかクサいところはあるにしても、愛着がゼロの割にはそこそこユーモラスに書けてる方ではなかろうか。

 

『いやいやw気の利いた一文っつっても、もっと別のやり方にしたらいいじゃんw』

『ウケ狙ってるみたいでしんどいんだけどwダッセ〜w』

 

と言う声が今にも聞こえてきそうだが、うるさい、と言わせていただく。お前に私の何がわかる。気なんてそんな何回も利いてたまるか。私は気の利かない人間だ。気の利かない人間にとって、一つのイベントで1気、利いたら御の字である。私はこの寄せ書きというイベントでもうすでに1気、利かせてしまった。もうすっからかん、何も思いつかない。もうこのセリフが入れられないのなら寄せ書きを未提出で終わらせる可能性だってある。

 

『へ〜』

『じゃあもうこのまま提出すればいいじゃん』

 

 

 

しかし話はそう簡単にはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、盗難事件があった。監視カメラのない更衣室に置いていた財布から、数千円が盗まれたという。その当日更衣室を利用した容疑者数人に、極秘で面談が行われた。私もその一人に入っている。面談中はハンターハンターのセンリツのセリフを思い出し、もし犯人ならあの描写と同じ感情になるのか、などと呑気な想像をしながら、対岸の火事として少し興奮しながら話を終えた。

面談の三日後、私は兼ねてから就職活動をしようと思っていた事情から、また前々から夜勤の仕事に体がついていけなくなったこともあり、1ヶ月後にバイトを辞めたいという旨をチーフに伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが良くなかった。

 

 

 

 

今ならわかる、今なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつ絶対に犯人である。

 

 

 

次の日、当たり前に即刻面談を入れられ、社員とその人よりえらい社員の二人からカラオケボックスでガン詰めされて初めて、自分の社会的な常識の無さに戦慄した。この前とは違うせんりつである。

誓って言うが私は盗っていない。更衣室で他人の荷物に触れたこともなければ、財布から札を盗もうなど発想にすらない。そもそも実家暮らしで出費も少なく、二十万ほどある貯金が順調に増えていっている中、そんな数千円のためにわかりやすいリスクを負おうなどと思わない。

 

問題は、カラオケボックスでガン詰めした社員の一人が、Aさんだということだ。

 

便宜上ガン詰め、と乱暴な言い方をしたが、怒鳴られたり脅されたりなどは一切無く、ただただ大人の言葉で、優しく応対していただいた。

ただ内容は

「このままだと警察沙汰になるよ」

「今なら直接謝罪したら大ごとにならないかもしれないよ」

「よりにもよってこのタイミングで辞めるのは何だい?」

などと、まあ要するにガン詰めである。前回の面談の際にも同席されていたAさんの、私を見る目が、完全に犯人を見るそれに変わっていた。Aさんから見た私は、完全異常犯罪アルバイターである。

 

以上を踏まえて、もう一度、私の寄せ書きを見てみよう。

 

 

 

 

 

 

『Aさんへ

 

短い間でしたが色々とありがとうございました!

 

鹿児島に行かれるということで、新しい環境で大変なことも多いと思いますが

 

いつものように明るく頑張ってください!

 

わっせ、きばいやんせ!

                                                                                    岩井 博臣 』

 

 

怖すぎる。なんだこれ。全ての言葉に意味が溢れている。これが日本語の底力か。

 

もう、どうすればいいかわからない。自分がここまで気が利かない人間だったのか。間抜け、とはよく言ったもので、あまりにも間が悪い。もうここまできてしまうと、何をしていても犯人のように見られてしまう。仕事をミスしても、同じアルバイトの人に明るく接しても、元気に働いても、きちんと謝っても。そういう犯人みたくなってしまう。え...あの人が盗みを...?と言う疑念が起こらない行動というのは、システム上人間には不可能だ。盗みとは、全属性の人間がやりかねない犯罪だから。

 

寄せ書きも同じく。未提出なら未提出で意味が生まれるし、提出するにしても一言無いとそっけなくて怖いし、一言あったらあったで怖いし。全方位、見事に詰んでいる。私が下手な手を打ったせいで。

 

 

 

 

 

 

 

と言うことで、みんなに聞きたい。

 

『わっせ、きばいやんせ!』

 

この一文、つけるべきか否か、

 

提出期限が明日ぐらいなので、その辺までに教えてくれたら、ありがたいです。

 

わっせ、よろしゅ

 

                                                                                                                岩井 博臣 』