河田小龍の墓

イメージ 1


坂本龍馬をはじめ幕末の志士に影響を与えた男

イメージ 2

河田小龍

土佐高知の生まれ。吉田東洋に従い京都へ上り狩野永岳の門に入る。
嘉永3年土佐に帰り、同5年、ジョン万次郎の帰国に際し小龍は彼と起居を共にし
漂流談を絵入りで綴り「漂巽紀略」と題して土佐山内家へ献上した。この五巻の本は、
万次郎が後に幕府直参になり江川太郎左衛門の手付となり、やがては日本外交の陰の
力となるきっかけとなった。

小龍の友人、土佐藩医師 岡上新輔の妻"乙女"の縁から、坂本龍馬は「漂巽紀略」を知る
ことになる。
嘉永7年11月、龍馬は小龍を訪れた。
龍馬は時勢について知り、武備開港の必然を悟り、対外政策の要を学んだ。

(幕末維新京都史跡辞典より)

場所:京都市北区等寺院北町
等持院墓地内(立命館大学構内を通過して入る)