岩倉具視
幽閉中、密かに薩摩の大久保利通、土佐の坂本龍馬、中岡慎太郎ら志士たちが
この宅に出入りし、王政復古の密議を行っていた。
この宅に出入りし、王政復古の密議を行っていた。
岩倉具視の退隠所は、北側が畑になっている。南は村道に面してうらぶれた通用門があり、
杉垣のむこうに比叡山が見える。敷地は思ったよりひろく、四百坪もありそうである。
宅地は赤色の塀でかこまれ、ところどころ崩れおち、一部が杉垣になっている。
その杉垣から、中岡は犬のようにくぐってなかにはいっていった。
家は小さい。
近在の百姓が隠居所として建てたもので、六畳、四畳半、三畳しかなかった。三畳の間には
下僕の与三が寝、六畳の間であるじの岩倉が起居しているらしい。
(これがさきの中将の家か)
とおもえば、いかにも先帝の勘当をうけた罪人の身とはいえ、中岡はあわれを催した。
司馬遼太郎『竜馬がゆく』より
杉垣のむこうに比叡山が見える。敷地は思ったよりひろく、四百坪もありそうである。
宅地は赤色の塀でかこまれ、ところどころ崩れおち、一部が杉垣になっている。
その杉垣から、中岡は犬のようにくぐってなかにはいっていった。
家は小さい。
近在の百姓が隠居所として建てたもので、六畳、四畳半、三畳しかなかった。三畳の間には
下僕の与三が寝、六畳の間であるじの岩倉が起居しているらしい。
(これがさきの中将の家か)
とおもえば、いかにも先帝の勘当をうけた罪人の身とはいえ、中岡はあわれを催した。
司馬遼太郎『竜馬がゆく』より

