祖母が亡くなった。
97歳、大往生である。
筆者の地元は納棺の際、手甲脚絆に頭陀袋と六文銭、
という昔の旅支度の格好をさせる風習である。
自分は手甲を入れてやり、
「木枯し紋次郎みたいでかっこいいね」と言ってやった。
家族、親戚、親戚同然の謎のおじさん、泣き笑いだった。
棺を車に積む際には、筆者も棺を抱えた。
「うっかり落としちゃっても改めて死ぬことはないから安心である」
と筆者がいうと、
叔母が「あんた落とすつもりでしょ」と叩いてきて、
それを見た弟が笑っていた。
どこかのタイミングで筆者は2〜3度、少し泣いた。
父や叔母は、祖母の遺体になにかと話しかけていた。
祖母は生前より上品な顔立ちに死化粧を施されていた。
「生前は百姓丸出しだったが死後は世田谷のご婦人に見えなくもない」と筆者がいうと、
父は「遺影をAIで加工したのではないか」と疑問を持ち、
葬儀屋さんに「AIでやったの?」と質問していた。
父子でなにをやっているのか。
庭でタバコを吸う乳の背は丸かった。
改めて、相続業務の勉強を一通り復習しようと思った。
祖母の死を受けて、人の死は厳かでありたい、という思いを新たにしたからだ。
いや、そんなにカチッとした話でもないのかもしれない。
婆さん、あんたに受けた恩は世間の人に返さなきゃね。
婆さんに世話になった分、俺は困ってる人を助けるよ。
といったような思いなのかもしれない。
そのうち気持ちも整理できるだろう。
筆者は大人だから、時間の流れに身を任せることを知っている。
通夜と葬儀を通して、筆者は心の中で祖母に話しかけていた。
婆さん、あんたはよくやりきったじゃねえか。
そんなに悪くない人生だったよな?
最後までよく頑張ったよ。
あんたは立派だったよ。
そんなようなことを話しかけていた。
坊さんの講話がすごくよかった。
「人は2度死ぬ」という通俗的な考え方について、
婆さんの考えを述べるものだった。
気になる方はご相談の際などに筆者にきいてみてほしい。
坊さんは顔もカッコよく、声もイイ感じだった。
あんな坊さんに送ってもらって、祖母、よかったね。
祖母は、筆者が弁護士になったとき、とても喜んでくれた。
弁護士、辞められなくなってしまったな。
筆者なりに、祖母に楽しい思い出を残してやれたと思う。
その点においてあまり悔いはない。
お婆さんさ。
ビールで酔っちゃったとき、
お父さんと俺であなたを両脇抱えて、
俺が「アメリカで捕獲した宇宙人連行してるみたい」っていって、
みんなで爆笑したの覚えてる?
あれおもしろかったいね。
文責 弁護士菊地智史 東京弁護士会所属

