昨今、全胚凍結というのが、いわゆる、流行っています。体外受精で採卵して出来た胚をすべて凍結して、後から凍結融解胚移植を行うという方法です。そのメリットとして、卵巣刺激をおこなった時のホルモン値が生理的状態のホルモン値よりはるかに高いから、一旦胚を凍結し、ホルモン値が正常に近い時に、あらためて子宮に戻しましょう、という方法です。日本産科婦人科学会の統計でも、凍結胚移植の妊娠率が新鮮胚移植の妊娠率よりも15%近く高くなっていますから、その方が良いのではと思われる方も多いかと思います。当然そう思われると思います。ちょっと待ってください!

 ここでは皆様に、凍結胚移植の成績が良く見える背景を、理解していただきたいと思います。数字のマジック、に気付いていただきたいと思います。

 

 第一の点。

 新鮮胚移植は採卵の周期に胚移植をおこないますから、新鮮胚移植の妊娠率=採卵当たりの妊娠率、となります。これに対して凍結胚移植の妊娠率は、妊娠率=移植当たりの妊娠率、となります。すなわち、何度か採卵をして貯めてある胚から一番良い胚を融かして戻したと考えて頂いていいと思います。ですから、その妊娠率を比較すると次のように考えていただければ、よく分かると思います。

 たとえば、凍結胚移植の妊娠率が100%(移植当たり妊娠率)の時に、この胚を得るために2回採卵を行っていれば、採卵当たりの妊娠率(新鮮胚移植をしたとしたら2回の移植が必要です)はその半分の50%となります。もしこの胚を得るために3回の採卵を行っていれば、採卵当たりの妊娠率は3分の1の30%となります。このように凍結胚移植の妊娠率は数字上はいつも高くなります。お分かりいただけたでしょうか?

 

 第二の点。

 凍結胚移植には必ず胚の凍結を必要とすることです。胚を凍結しても90%以上生存します。でも、90%は100%ではありません。卵巣過剰刺激などで凍結せざるを得ない時はこの技術が役に立ちます。このような場合は、そもそも胚盤胞が多くできることが多いので、凍結しても問題のないことがほとんどです。しかし、胚の状態が良くない場合は違います。グレードの良くない胚を凍結すると融解後に生存しないことはまれではありません。この90%に入らない、残りの10%になってしまいます。でも、このような胚でも新鮮な状態で移植をすれば妊娠する可能性があります。私の言いたいことは、新鮮な状態で戻せる胚をわざわざ危険にさらさなくてもいいのでは、ということです。特に年齢が大きくて、なかなかきれいな胚盤胞のできない方は、その都度、新鮮な分割胚で移植すればよいと思います。

 

 第三の点。

 凍結胚移植をすれば、少なくとも1-2周期余分の時間を必要とします。私のクリニックでは、凍結胚移植でも自然排卵周期の融解移植をしますから採卵の翌周期でも融解胚移植が可能ですが、多くの他のクリニックではホルモン補充周期の融解胚移植をおこないますので2周期必要となります。すなわち、新鮮胚移植よりも妊娠までの時間が掛かるということです。この点からも新鮮胚移植のメリットがあります。

 

 第四の点。

 胚の凍結、凍結融解、凍結胚移植準備周期、これらはすべて有料です。もちろん、余剰の胚の有る時は新鮮胚移植をしても凍結費用は掛かりますが、余剰の胚のない場合はその周期のお支払いで終了します。経済的な面でも、新鮮胚移植の方が費用が掛からないと思います。もちろん、凍結融解後に胚が生存しなくても、凍結融解や凍結維持のための費用は掛かってきます。

 

 以上のようなことをベースに当クリニックでは新鮮胚移植をメインに体外受精を行っています。私の考えは、体外受精は基本を忠実に、そして最良の基本を、と考えています。基本の一つが、私の中では新鮮胚移植です。