やっとIphoneに慣れてきました。

とはいえ、まだまだ発展途上。そのものすごい機能についていけないこともしばしば。
スマートフォン系は、タッチパネルなので、メッセージを打つ時に、つい隣の候補をタッチしてしまい、思いもかけない言葉が打ち出されてしまうことがあります。白魚のような指は、長年の労働で太くなっているので、隣の枠をタッチしてしまうことが時々おきてしまいます。
しかも、前にも書いたかもですが、送信ボタンとキャンセルボタンがものすごく近いところにある 。あっという間に間違ったまま相手に送信されてしまいます。
 絵にまたしかり。意外なものが隣り合っていたりします。

この間、ツイッターでつぶやこうとして、「大きな虹」と書いたあと、送信ボタンを押すその目のはじっこに「大きなお世話」という言葉がちらっとかすめました。よかった気づいて。(ほっ)
ツイッターはキャンセルできるので、一瞬だけしか表示されませんでした。大きなお世話の虹って、、、ガーンこのつぶやきを見たかたはプレミアムもの。今世の幸運間違いなしです(笑)

しかし、便利すぎてついていけないことが多いこと。
ちょっと前までは、公共建物のトイレにはいったとき、がばっと便器のふたが自動であくのに、飛び上がるほど驚いていた私でした。噛みつかれるかと思った。
でも慣れというのはおそろしい。いまや、たまに自動ドアではないドアがあっても、きづくまで前にじーっと立っていたりします。

いまこういう状況での激しい電力不足という現実があると、「トイレのふたぐらい自分であけるわい!」と心から思います。使わないと腕の筋肉も落ちるし。

こんな時こそ、もう一度何が必要かを確認するチャンスですよね。エコ、エコといいながらも、湯水のように、電気を使っていました。それこそ「湯水のように」という言葉もそのうち死語になりそうですが。

身体に不自由な方の事も考えた、カスタマイズされた技術(たとえばボタン一つで自動に切り替えられるけど、普段は手動)みたいなシステムを導入していければと思います。

何か大きな出来事のあとは、変化適応能力が増します。ピンチはチャンス!