内側と外側の帳尻が、
どうにも合わなくなってしまった人がいた。
仕事は続けていたし、
周囲から見れば
「ちゃんとやっている人」だったと思う。
でも内側では、
無理が積み重なっていた。
環境は大きく変わらないまま、
その状態が続いた。
そしてある日、
その人はいなくなった。
人は、
外側の役割だけで
生き続けることはできない。
評価や責任が外側の時間だとすれば、
内側には
感じたり、納得したり、
立ち止まる時間がある。
この二つの帳尻が合わなくなると、
人は壊れるというより、
静かに自分を引っ込めてしまう。
心や体の不調は、
弱さではなく
「このままでは続かない」というサインだ。
それを無視したまま
外側だけを回し続けると、
人は動けなくなるか、
姿を消すか、
どちらかになる。
自己同一とは、
内側の自分と外側の自分が
同じ方向を向いていられる状態のこと。
合っているうちは無理がきく。
でも、
合わなくなったまま走り続けると、
心が先に降りてしまう。
このブログは、
そうなる前の
「小さな違和感」を
見逃さないための記録です。
今日も、
少し自分に戻る。