「最近、なんだか細かい文字が見えづらくなったな…」
「まあ、年齢的にも仕方ないか」

そんなふうに呟いて、自分の体や能力の衰えを「歳のせい」にして諦めかけたこと、ありませんか?

正直に明かすと、偉そうなことは言えませんが、僕自身がまさに「もう若くないから」と言い訳を作っては、無意識に自分の限界を決めていた一人でした。

今日は、手帳という道具を使って「歳のせい」という無意識のブレーキ(言葉のプログラム)をほどき、見失っていた目的をクリアに見つめ直していくプロセスを、僕の体験と一緒に確かめに行こうと思います。


かつての僕は、体調がすぐれなかったり、予定通りにいかなかったりするたびに、心の中で免罪符のように言っていました。

「年齢的にも無理は効かないしな」
「昔のように集中力が続かないのは仕方ない」

手帳に向かっても、「今日も体が重かった」「無理をしないように省エネで過ごす」といった、衰えや限界を前提にした記録ばかりを書いていたんです。

でも、そうやって「歳のせい」と手帳に書けば書くほど、脳はその言葉通りに「衰えている現実」や「動かない理由」を必死に検索し始めます。

セルフケアをしているつもりで、僕は手帳を使って「自分は衰えていく人間だ」というプログラムを深く深く脳に刻み込んでいたんです。


でも、ある日ハッと気づきました。

**「あ、俺は本当に見えなくなったんじゃない。『見たくない現実』から目を背けるために、『歳のせい』という便利な言葉を使っていただけじゃないか?」**

衝撃でした。
目の前の問題や、泥臭く向き合うべき「生きる目的」から逃げるために、無意識のうちに「歳のせい(老化)」という言い訳を隠れ蓑にしていたんです。

問題は、身体の機能そのものではありませんでした。「自分は本当はどう生きたいのか?」という目的へのフォーカスがぼやけていただけだったんです。

そこから、手帳に向かう15分の言葉遣いをガラリと変えました。

「もう歳だから」という回避の言葉が出てきたら、手帳の上でバツをつけ、「自分は本当は何をしっかりと見つめ、何に向かいたいのか?」という**目的の言葉**に書き換えたんです。

「この研究を外に届けるために、クリアな視点で今日できる実験は何だ?」

そうやって言葉の向きを目的側へひっくり返した瞬間、頭の中を覆っていたどんよりとした霧が晴れ、目の前のやるべきことがハッキリと見えてくるようになりました。

「歳のせい」という言葉は、現実から目を背けるためのブレーキ。
手帳の上で言葉を変えることが、ぼやけていた目的をクリアに映し出すレンズになるんです。 

今でも油断すると、「もう歳だしな…」という無意識の囁きが顔を出すことがあります。

そんなときはすぐに手帳を開き、「待てよ、自分は今、何から目を背けようとしているんだ?」と静かに自分に問いかけます。

僕自身も、毎日が自分の脳と言葉のパターンを観察する実験の連続です。

今、あなたの手元にあるノート。
そこには、「諦めの言葉」と「目的の言葉」、どちらが書かれているでしょうか?

もし「歳のせいだから」と諦めかけていることがあるなら、今日どこかの15分で、ノートの端っこに「本当はどうしたいか?」という目的を1行だけ書いてみてください。

手帳を使って無意識のブレーキを外すその小さな一歩が、あなたの未来をクリアに照らすキッカケになりますよ😉

最後までお読みいただき、ありがとうございました!