「自己同一」という言葉、
少し難しく聞こえるかもしれません。
でも私が考えている自己同一は、
学問的な概念というより、
毎日を無理なく生きられているかどうか、
その感覚に近いものです。
調子のいい日もあれば、
なんとなくズレている日もある。
それ自体は、まったく問題じゃない。
大事なのは、
ズレたときに自分に戻れるかどうか。
仕事がうまくいかないとき。
人間関係でモヤっとするとき。
「自分の能力が足りないからだ」
「もっと頑張らなきゃいけないんだ」
そう考えてしまいがちですが、
実は、
内側と外側の向きが合っていないだけ
ということも、とても多いと感じています。
私は、
答えを教える人ではありません。
日々の出来事を観察しながら、
自分自身の反応を見ながら、
「どうしたら自分に戻れるだろう?」
と考えているだけです。
手帳に書いたり、
ときどき自転車に乗ったり、
本を読んだりしながら。
自己同一は、
「私はこういう人間です」と
主張するものではなくて、
整っているときには、
自然と分かるものだと思っています。
逆に言えば、
違和感があるときは、
「戻るタイミングだよ」というサイン。
私は、そのための道具として「手帳」を使っています。
手帳に綺麗な予定を書き込むためでも、目標を達成するために自分を追い込むためでもありません。
頭の中のモヤモヤ、心が感じた違和感、外側の世界に引っ張られてズレてしまった心の向き。それをただ、ありのままに白い紙の上に置いてみるのです。
完璧に書く必要はありません。サインペンで、乱雑に、その瞬間の「ズレ」を吐き出すだけでいい。
手帳を開いてペンを動かすその時間は、私にとって「内側と外側の向き」を重ね合わせる静かな調律の時間です。
人生は、想定外の連続。
ズレること自体を防ぐことはできません。でも、手帳という静かな実験室を持っていれば、私たちはいつでも、何度でも、自分の中心に戻ってくることができます。
あなたにとって、自分に戻るための道具は何ですか?
今日も、明るく、楽しく、そして元気良く、手帳を開いて自分を整えていきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。