僕たちは仲間内でわかる程度のサインを送り合う。小さな動きなのだが互いになぜかわかり合う。いい感じの緊張した空気が張り詰める。緞帳が上がり 声援と誰かが仲間の名前を呼ぶ声が聞こえる。ここまできて良かったと感じる瞬間だ。


企画と演出をした先輩はもちろんのこと,個々のポテンシャルと舞台の修正点を共有し改善策をみつけていく積極性は自分では到底かなわなく、ただ ついてくることで精一杯だった。


公演メンバーのまとまりはそれぞれが現役時代に身に着けた土台と自分の仕事を把握し互いをフォローしていく姿勢があってのものなのだと思う。


自分のアイデアをまとめ、0から1を生み出す。そこから1に出来る限りの装飾をして世界を作り上げていく。その流れを、自分の芯を崩すことなく、互いを強調しながら最後まで走り抜けた先輩方はとても遠くに感じた。なんて遠いのだろう。


初期の信念を変えることなく最後までやり遂げる。実際に目の前でそれを見させられた。感動しないわけないじゃん。あんな人になりたい。自分も少しでも近づきたいと憧れてしまった。


憧れる人をみつけることができると、そんな意欲もあって自分の可能性が少しだけ広がると思ってる。自分の知らない世界を知ってる人をみてしまうと高揚が止まらなくて、自分の道導べをみつけたようで嬉しくなる。


自分はこれをやり続けたいと思えることがあるって本当に幸せだ。


今度は何にFOCUSしようかな。








学校の成績は意味があったのかなって疑問に思うことがある。大学生は授業よりも就職活動に意識がいく傾向にあり、起業側は成績よりもサークル活動などの成績以外のところを見ようとする。悪循環に陥る。

で?いきなり何かというと学生時代の僕は学校の成績を気にしすぎたなという後悔があるという話。

ではない。人を評価するときに僕はどこを見てるのかって話。

TPOになっちゃうけど 僕は優しい人が一番好き。穏やかな人がいい。

他人も同じで人となりとしての僕をみてくれるやつはいるんじゃないかな。

僕は何もできない平凡なやつだけど だれかそんな自分の何かを認めてくれる人はいないかな。笑

人の価値は人に何をしてもらったかじゃなくて何をしてあげたか、まさにそれだなと思う。

明日はFOCUS公演の仕込みの日。この公演をとおして自分は変われたのだろうか。

約4年前に世話になった人たちのなかに入り また世話になって 振り返りをしてやっぱり変われてないなと気づいて謙虚さを思い出して、同時に自分を出していくことも覚えて。

人が好きだと気づいては 輪のなかに入れない自分に嫌悪感を感じていた。

日曜には何か学べてますように。
なにか変わってますように。







Android携帯からの投稿

誰も取り戻せはしない
草原が輝いていたあの頃を
花が満開のあの頃を
でも嘆いたりしない
それより強さを見つけよう、後に残ったものの中にある力強さを

久しぶりにこの詩を読んだ。自分の原点だな。自分にとって青春っていつだろう。一番の時っていつなんだろ。過去にとらわれやすい自分だからか この詩の言葉が自分の中に入りやすい。いまを精一杯後悔ないように生きたい。


好きなことをして生きてる人って本当に魅力的だ。輝いてる。自分も一度しかない人生だからやりたいように生きたい。同じ世代の人と話すとよく聞くようになった台詞。たしかにそうなんだけど、その言葉を言い訳に使っている自分がいる。

自分のやりたいことばかりに夢中になって ほかのことに手が回らなくなってきてる。それなのにそんなこといって自分自身に対して言い訳をしようとしてる。


自分には憧れる人が何人かいて、その人たちに近づくために日々試行錯誤している。先人たちに近づきたいという意志のもと、思考錯誤するというというのが考えるということだと誰かがつぶやいてた。先人たちに近づく為に考えてもがいて、まともになっていきたいと思う。


年をとるにつれ、年下でいられなくなってる自分がいる。周囲の大人が一人の大人として関わってくる。

自分が対等だと思ってた10代の子達が年上として関わってくる。なんて怖いのだろう。


今まで自分が先輩たちに抱いていた たぶん理想とかも加わっていた自分の大人に対するイメージ像が目の前に立ちはだかってしまった。理想が高すぎて 大人になりきれない僕。


過去の自分を思い出して 憧れだとか後悔だとかいろんな感情を糧に試行錯誤して大人になっていきたい