例えばさ 空を飛べたとして何をするかな。遠くまで旅行とか山まで飛んでいったり海の水の上すれすれで飛んだり。でも一通り満喫してそのあと飛ぶことに飽きてまた歩き始める。結局何かができるようになって夢を叶えてもずっとそれだけに熱中できる訳じゃないよね。それを考えると自分がこれからなにをしようかってなかなか道を決断できない。

看護って僕のなかであくまで人を支えるってことが大前提なの。その過程で自分自身嬉しさを見つけたり充実感があったりするわけ。無償の奉仕って教えはあるけど、実際は患者との関わりのなかでなにか反応なり、よくなっていくなかでやりがいがあると思ってたの。  

今の病棟は病気が良くなって退院ってことはまずないし、機能が低下していくなかでいかにQOLを下げないかっていう関わりをしていくのが主体で、どこの病棟でも共通はあると思うけど。僕はどちらかというと回復していく過程の患者をもとの生活に戻す支えになりたくてこの仕事についたわけ
。だから どうも僕のなかでやりたいこととやってることが重ならない。

仕事だからさ 大変な状況にいる患者にたいして業務的になってしまうことになって自分が嫌になるときもあって、それは今の病棟だとさらに加速してる気がする。看護のなかで僕はいまの患者の状況が別世界のことのようだし辛さが次元が違いすぎて理解できないから。病棟のなかで一生を過ごすことに対して僕は先輩たちに教えてもらった処置をするしかできないし、無力感しか出てこない。患者のことを考えると、辛くなるわけ。

一般にいけば違うんじゃないかなとか思ったり。でもないものねだりでまた、なんか、気になることが出てきて嫌になるんじゃないかって思ったりもして。

空を飛べたとしてまた歩き始めるとして、それはまたもとに戻るわけじゃなくて、成長って自分自身のなかで受け止めて、思いきって飛んでみてもいいかな。