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昭和だった

昭和の最後、まだ私は小学生でした。
今思い返すと、おおらかな時代だったな、と思います。
その時代を思い返しながら、きっと今も、もっとおおらかな育児でも子どもはすくすく育つんじゃないかな、と思いながら書いていきたいです。

時々は私の子育てのことを。

今日は娘のピアノのオーディションだった。小学校卒業式での歌の伴奏。
楽譜をもらってから1か月、1日も休まずに、ピアノと向き合った。

努力はした。
母(私)は手紙を渡した。
お守りも持った。(学業のお守りだったけど知らんぷり
クラスの子が作ってくれたお守りもポケットに入れた。
母、トイレ掃除はいつもより念入りに行った。(トイレの神様にも頼るキメてる


やれる準備は全部して、送り出して、あとは祈るのみ。


でも、

ダメだった。


夫が、よくがんばったねって仕事帰り、ミスタードーナツを買ってきてくれた。


そんなこともある。

努力して、準備して、でも本番のちょっとした体調とか、すごい緊張とか、魔物に飲まれたりとか、色々なことが人生にはある。


でも、ダメだったとき、こうしてスイーツを買ってきてくれる父がいる。(少ないおこづかいの中で。)

残念だったね、でもいい経験だったはず、母さんはあなたの演奏が素晴らしいと思うよ、とひたすら励ます母がいる。

緊張する気持ちわかるわかる、と優しい兄までいる。

そんなひとつひとつが、いつかの力になるといいと思う。




ポンデリング食べて、笑顔になってましたひらめき

 

娘も、卒業まで、カウントダウンです。