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昭和だった

昭和の最後、まだ私は小学生でした。
今思い返すと、おおらかな時代だったな、と思います。
その時代を思い返しながら、きっと今も、もっとおおらかな育児でも子どもはすくすく育つんじゃないかな、と思いながら書いていきたいです。

昭和が終わる頃、小学3年だった私の記録です。

今よりおおらかだった時代を思い出して、今の子育てにも何か繋がるといいな、という思いで綴っています。
時々今の子育てのことも。



3年生のクラス開きの日、三木美紀子先生は1冊の絵本を読んでくれた。

広い教室の片隅に子どもたちが三角座りで、先生を取り囲んだ。


『100万回生きたねこ』

私は家にもあった絵本だったから、知ってる!と心で叫んだ。


でも、知らなかった。

三木美紀子先生は言ったのだ。

「絵本でも本でも大切なページがあります。」

そうして、そっとめくったのが、表紙の裏側のページだった。

「なんでもないこのページにもお話が詰まってるの。このページの色や絵が、そうなの。そして、本のおわり、1番最後にも同じページがあるのよ。」と。

『100万回生きたねこ』の表紙の裏のページは真っ白だった。そして、最後も真っ白だった。


後にも先にも、字のないそのページに注目するよう、教えてくれたのは、三木美紀子先生だけだった。

大人になってからも、私は、絵本や単行本のそのはじめのページを、どんなお話かな、とワクワクしながら見たし、本を読み終わっても、最後のページは余韻に浸りながら開いた。


『100万回生きたねこ』

立派で、他人を好きにならないトラ猫が、たくさんの人生を生きるお話。

子どもの頃、あまり好きではなかった。

こんなにねこを大事にしてくれる飼い主ばかりなのに、ねこは全然飼い主を好きじゃないのだ。だから、とらねこはちょっぴり憎らしかった。

でも、トラ猫がであう、白い美しいネコのページにはうっとりした。


大人になって読み返すと、もっと、心にジンと届く。


三木美紀子先生は、その日から2年間、実にたくさんの本を読んでくれ、紹介してくれた。

本と共にあった2年間だった。