昭和が終わる頃、小学3年だった私の記録です。
今よりおおらかだった時代を思い出して、今の子育てにも何か繋がるといいな、という思いで綴っています。
時々今の子育てのことも。
三木美紀子先生はなんでも面白がる人だった。
3年7組45人の中に、たまたま「だいすけ」くんが、3人いた。
それで、たまたま席が前から順番の縦にそのだいすけくんが並んだのだった。
三木美紀子先生は大喜びだった。
あまりに喜ぶので、同じ名前の子が同じクラスってなんだか羨ましい!と私は思った。
昨年、私の勤め先で、(小学校1年生だったのだけれど)同じ名前の子をわざわざ同じクラスにするなんて、配慮してほしかった、という苦情が届いた。
だいすけくん3人で、あんなに大喜びしてた先生がかつてはいたのにな、と少しやるせないきもちになった。
三木美紀子先生は、同じ名前を大喜びしながらも、幾度となく教えてくれた。
名前が同じでも、ひとりひとりは全然ちがう。
そのひとりひとりが、大事なことを。
谷川俊太郎の「いち」という詩を何度もよんでくれたし、
「みんなはひとりのために ひとりはみんなのために」
が合言葉だった。
なによりだいすけくんそれぞれが、同じ名前の仲間のことを嬉しそうだった。
そして、30年以上たっても、そのだいすけくんひとりひとりが、しっかり私の心にあるのも、またすごいことだと思う。
『いち』
谷川俊太郎
いちってね
つまりぼくがね いちなのさ
ぼくは せかいで ひとりきり
いちってね
つまりママがね いちなのさ
ママは せかいで ひとりきり
いちってね
つまりきみもね いちなのさ
ぼくと きみとで 2になるよ
いちってね
だけどちきゅうは ひとつなの
ぼくと きみとは てをつなぐ
いちってね
だからはじめの かずなのさ
ちいさいようで おおきいな