短編小説「金色の時間」完結編 | 一斗のブログ

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2011年6月15日に小説を出版しました。
出版をするにあたっての様々なエピソードや心の葛藤、病気の事等書きました。今はショートショート(超短編小説)やエッセイ等を載せています。宜しくお願いします。

考えてみると、彼女のことを待つのはこれが初めてだ。


付き合いだしたばかりなのだから、いろんな初めてがあって


当然といえば当然なのだが、彼女もこんなドキドキというか


ワクワクというか心がときめくような気持ちで僕のことを


待っていてくれたのだろうか。


普通、なにかを待つというのは嫌なことで、長く感じられるものだが


今の僕には逆にこの時間を楽しんでいた。


いつの間にかコーヒーを飲み干してしまっていたのに気付き、


二杯目のコーヒーを注文した。


時計の針を見ると、11時40分になっていた。


僕は少し遅いなと感じ始めた。


やがて、二杯目のコーヒーを飲み干す頃には時間は12時15分になっており、


いくらなんでも遅すぎるので、心配になった僕は彼女に今どこに居るのかという


質問のメールを入れた。


だが、メールの返事が返ってこない。


休日には彼女の家からここにくる電車は一番混み合う時間だ。


通勤のラッシュ時ほどとはいわないが、メールを打ち返すのには


困難な状態なのかもしれない。


それにしてもいつも僕の仕事が終わる時間よりも30分は早く来て、


待っていてくれる彼女がこんなに遅れるなんて何かあったのかもしれない。


と、急に僕の頭の中は不安感でいっぱいになった。


事故に遭ったのではないだろうかとか、


痴漢に遭ってあまりのショックで病院に運ばれたのではないだろうか。


ひょっとすると、家が火事になったのでは・・・。


などと、マイナス思考なことばっかりしか頭に浮かんでこない。


もしそれ以外の何かしら酷い目に遭っているのならば、


今すぐ助けに行かなければ、と携帯で電話をかけようとしたら、


携帯の充電が切れてしまっている。



なんということだ。



簡易充電器を買おうにも、近くにコンビニエンスストアーはない。


いつもなら充電器を持ち歩いているのだが、寝坊した僕はこんなときに限って


家へ忘れてきてしまっている。


時間を見ると、もう午後1時になっていた。


待ち合わせ時間よりも2時間も経っている。


いくらなんでも遅すぎる。


寝坊したとかそんなことで2時間も遅れる筈がない。


僕は不安感と焦燥感で押し潰されそうになっていた。


こんな気持ちは初めてだ。


付き合い始めたばかりだというのに、僕はこんなに心配になるほど


彼女のことを好きになっているようだ。


しかし、そんなことを改めて確認したところでなにかに見舞われている彼女のことを


助けてやることが出来ない。


自分の無力さに愕然としていた。


と、その時コーヒーショップのドアが開き彼女が微笑みながらコーヒーを注文して


僕の前に座った。


何事もなかったように振る舞う彼女の姿を見て、心から安心し僕は彼女に尋ねた。



「一体どうしたんだ、今日は?」



すると彼女は、きょとんとした顔でこう答えた。



「えっ、何が?」



「だって、君が2時間も遅れるなんて、余程のことじゃないか」



「え?2時間もって?約束は11時の筈でしょ?」



僕は一体何を言っているんだと思い、何気に時計の針に目をやると


10時55分を指していた。


その瞬間、僕の脳裏に優しかったおじいさんの笑顔が浮かんだ。


ひょっとして、おじいさんは僕の彼女に対する気持ちを確かめさせたかったのかもしれない。


それで、小粋なおじいさんのくれた金色の時計は、


この日の為に贈ってくれたものかもしれないと思うと、


なんだか温かい気持ちになり、目頭が熱くなった。



「ねえ、どうしたのよ?」



と彼女が尋ねてくる。


僕はこう答える。



「なんでもないよ。


おじいさんから貰ったこの金色の時計がちょっと眩しかったんだ」









ー以上です。いかがだったでしょうか?

 

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