前の記事の続きなわけだが。
とりあえず、SNSに記事をリンクさせ、ハッシュタグ貼って、沢山の人に読んでもらおうと試みたわけだが。
結果からすれば、全くといっていいほどに相手にされなかったらしい。
そんな中でも何名かはリツイートしてくれたり、いいね押してくれたり。
でも、そこからは広がっていかない感じみたいで。
なんだろうね、ほんと。
結局のところ、「今のままでいい」ということか。
そうだとしたら、確かに俺がしている事は、そこに波を立てるということになるわけで。
だとしたら、そりゃ確かに疎ましい存在でしょうよ。
でもね・・・・。
そんな状況でも、俺は自分が間違っていないと言い切れる。
人として絶対に間違ってはいないと言い切れる。
人が懸命になにかを頑張っている。
それを軽視する事は絶対に間違っている。
間違っていることは間違っている。
そこで俺は妥協などはしないのだ。
フェイスブックのとある大きなモータースポーツ関連のグループがある。
俺はそこでも同様の投稿をした。
返ってくるコメントはどれもキャンギャル擁護のものばかり。
こちらは全く折れる気はないので、当然に言葉の応酬となる。
一応断っておくが、こちらはちゃんとキャンギャル擁護派の気持ちも汲んだ上で文章を書いた。
しかし、読み手はそんなことなどお構い無しだ。
キャンギャル擁護派のほうも、キャンギャル横断幕を否定する理由というものを考えなきゃ討論にゃならない。
結果として、意見は交わることなくいつまでも平行線だ。
そんな中で、面白い言い訳があった。
「そんなことを感じている選手やチームはいない、そんな弱いメンタルではレースを戦うことなど出来ない」と。
もう、こんなことを言っている時点で、こいつは人をバカにしていると思ったよ。
別に言っていることを否定するつもりはない。
確かにそのとおりだと思うよ。
じゃあ、なにがおかしいかって・・・・・?
「だったら、やっていいってことになるのかよ?」・・・・ってことだ。
以前、とあるキャンギャルさんにも同じような内容のメッセージをしたことがある。
そのときの返信。
「キャンギャルに言わずに、GTAにいってください」
・・・ああ、結局はこの人もモータースポーツのことなんか考えてないのか、と思ったよ。
確かに、ひとりに言ったところで意味は無いかもしれないよ。
それは認める。
けれどもな・・・・。
「言われなきゃ、やっていいってことになるのかよ?」・・・ってことだ。
どいつもこいつも、自分のことばかりだなあ、と。
他人のことなんかお構いなしなんだなあ、と。
だってそうだろう?
人の感情には興味がないんだもの。
だからこそ、そうなるんじゃないか・・・・?
だからこそ、俺は間違っていないと言い切れる。
逆にいえば、間違っているものを間違っていると言い続けることができる。
多数が必ず正しいわけじゃない。
俺が言っていることは、人として当たり前のこと。
人の世界は、自分だけのものじゃない。
自分は確かにひとりだけだけれども。
それでもみんな同じ人だ。
だからこそ、持ち合わせている感情だって同じ。
嬉しい、楽しい、悲しい、苦しい・・・・。
誰にだってあるものだ。
自分だけが楽しければいいのか?
自分だけが得をすればいいのか?
もちろん、そんなふうに思っている人なんていないかもしれないが。
けれど、その言動が本質的にはそう思っていることを表してる。
自分だけが楽しければいいから
自分だけが得をすればいいから
だからこそ、競技者を無視した行動が出来るのだ。
あるいは、そこに無関心でいられるのだ。
本音を言わせていただけば・・・・
「ふざけるな!!」である。