日本のモータースポーツは愛されていない |    いってつの適当なブログ

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思ったことを書いたり、撮った写真を貼ったり

今年もモータースポーツが開幕して久しい。

そして、今年もSuper GTが行われるサーキットには多数のキャンギャル横断幕が掲げられている。

 

私はもう10年ほど前より、この光景を嫌悪している。

それはモータースポーツという競技に心血を注ぐ選手やチームを無視した冒涜行為と捉えるからだ。

 

このことは何度かネットにて自分の意見を配信させてもらった。

しかし、私の意見に賛同してくれる人というのは微々たるもの。

逆に、そういった光景を維持したい人からの批判は数多く寄せられる。

事実として、キャンギャルというのは日本のモータースポーツの一部なのだろう。

 

それ自体はなにも異論はない。

私自身、キャンギャルさんがいる光景というのは好きである。

いなくなれば寂しいだろう。

私が言いたいことはそういうことではない。

「選手やチームのことを第一に考えるべき」ということなのだ。

排除してほしいわけではない。

キャンギャルさんはキャンギャルさんで、一生懸命に仕事をしていらっしゃる。

寒いときも暑いときも笑顔を振りまいて我々を和ませてくれる。

そういう存在を全否定など出来るわけがない。

 

とはいえ、自分の人気を誇示するために、あるいは自分の知名度を上げるため

そのために個人の横断幕をスタンドに掲げるという行為はしてほしくはない。

ちなみに、これは以前にこの業界に関わっていた人から聞いた事だが

あのキャンギャル横断幕というのはファン主導ではなく、キャンギャル自らが作成をお願いする場合も多いそうだ。

そういう話を聞くと、更に苛立ちが増すのだ。

 

サーキットというのはモータースポーツを行う競技場である。

そしてキャンギャルはチームやスポンサーの広告塔としての仕事として存在している。

彼女たちはモデルではあるが、サーキットにいるときはそういった業務をする人たちなのだ。

しかし、現実としては本来の業務を忘れ、モデルとしての知名度を上げることに躍起になっている印象がある。

これは完全に職務怠慢と言わざるを得ない。

ましてや、彼女たちはファンより近い位置でチームに接しているのだ。

競技に対する熱意や感情をファンより近い場所で感じられるはずなのだ。

彼女たちが自分たちの人気取りのことしか見えないから、そういったものを感じられないのではないだろうか。

そうでないならば、キャンギャルの横断幕をサーキットで出す行為を喜んだりは出来ないはずである。

 

また、そういった行為に対してなにも声を上げないモータースポーツ関係者にも私は苛立ちを感じる。

確かに、レースというのは興行であり、収入がなければ成り立たない。

今や異業種とコラボレーションをする事は普通なのだろう。

それは理解しているので、そこのところは納得することは出来る。

故に、モータースポーツに興味がない人をサーキットから排除してほしいという気持ちもない。

しかし、それは何事も許していいというわけではない。

何度も言うが、サーキットはモータースポーツを行う競技場である。

決してアイドルやモデルの撮影会場ではないしライブ会場でもない。

それを主目的としているのは一部の個人であり、多くの人はモータースポーツ観戦に来場されているのだ。

チケット金額は全ての人が等しい。

結局のところ、全ての人に対して全てを満たす事を望むから現状があるのだ。

しかし、そんな事は不可能であるということを興行主は理解していただきたい。

モータースポーツのイベントである。

ならば、それを満たす事を心がけるべきだ。

キャンギャルなどを主目的にする人に対してまで全てを満たそうとする必要はない。

それは個人の我儘でしかないのだから。

これは単純に「金かプライドか」ということである。

そして現状、モータースポーツの興行主は金にプライドを売ってしまっている。

 

選手やチームに関しても同様に感じる。

もっと自分のしていることにプライドをもってほしい。

自分のやっている事というのはなにも主張を許されないものなのだろうか?

そうじゃないはずだ。

自分がプライドを持って心血を注いでいる事ならば、自信を持って発言すればいいのだ。

 

また、ファンに対しても同様のことを言いたい。

自分たちだけが楽しければそれで良いのか?

与えてもらうだけで良いのか?

確かにマシンは機械ではある。

しかし、そのマシンを走らせるために多くの人たちが努力し精進している。

選手も同様だ。

結局は人がモータースポーツを作っている。

そのことを理解しているだろうか?

理解できているのならば、キャンギャル横断幕が出ている光景に異を感じるはずだ。

自分はグラスタで見ないから関係ない、という人もいるかもしれないが。

そんなことは関係ない。

テレビ観戦だろうが関係ない。

大切なのは事実だ。

キャンギャルの横断幕はピットにむけて掲げられている。

そのピットとは、すなわちチームの基地なのだ。

モータースポーツという競技をする人たちが、競技中にそこで頑張っている場所なのだ。

その事実を忘れてはならない。

 

ちなみに、キャンギャルを擁護する声として「彼女たちもチームの一員だから」という答えをよく聞く。

それは事実ではあるが、それがキャンギャル個人の横断幕を掲げる理由にはならない。

本当にそう思うならばチームを応援する幕を掲げれば良いことである。

 

長々と書いてきたが、端的にまとめるならば

日本のモータースポーツは人から愛されていない、ということだろう。

愛される、とはどういうことか

すなわち、どれだけ心を注げるか、ということである。

好きかもしれないが、愛してはいないのである。

そのことを私は大変悲しく思う。

 

そういう意味では、キャンギャル横断幕を掲げる人のほうがよっぽどそのキャンギャルを愛しているかもしれないが。

しかし、愛しすぎて盲目になることも良くはないということをお忘れなく。

横断幕を掲げているキャンギャルさんにも言えることだが。

自分たちが主役ならば存分にやってもらって結構である。

しかし、サーキットでの主役は競技をする人たちなのだ。

自分を愛するのは構わないが、本来の役目を忘れるほど愛するのはただの傲慢でしかないのだ。

サーキットにはキャンギャルのファンばかりがいる場所ではない。

むしろそれはごく一部であることを理解してほしい。

理解出来ているのならば、そんな自分勝手な振舞いを恥ずべきことと思えるはずだ。

 

最後にもう一度言う。

サーキットはモータースポーツを行う競技場である。